3月22日 -Play ball!- 2/2

 気合いと共に陽子が投げたボールは、コートを高く越えて外野の藤風の手に。運動神経は悪くないはずの彼女だが、無難にサイドの倉名にパス。

「おにいちゃんがんばれ!」

 相手コートから、和可奈の幼く作った声が響く。相棒からの挑発に乗ってか、倉名は勢いをつけて和可奈を狙う――と見せかけ、逆サイドの福坂にパス。空中でキャッチした福坂は、猛然と清水を攻撃。


「ぐうおっ!?」

 腹に食らいつつもキャッチした清水は、苦しげに声を上げながら蹲る。かなりいい音だったし、福坂のパワーはなかなかのようだ。


「ナイスだキヨ、よこせ」

「託します……」

 清水からボールを受け取った中村が、希和たち陽子チームへの攻撃に移る。公式ルールでは内野同士のパスは禁止だったが、ここ一帯では認められるのが通例だった。

 メンバーが一斉にコートの反対側へ動く中で、希和は中心で留まる。女性陣が動けるスペースは残しておきたいのが一つ、キャッチは無理でも回避ならできるという読みが一つ。


「希和ゥ!」

 中村のスローを前に、直感で右にずれる……当たらなかったのはいいが、目的は外野へのパスだったらしい。スムーズにキャッチした香永が、即座に投球。動く人波の中に放たれた低いボールが、由那の足を捉えた。


「あっちゃ」

 バツの悪そうな顔をする由那に、陽子がスライディングで抱きつく。

「守れなかった……守れな」

「いや別に君に守ってもらおうとは」

「卒業直前に寂しいこと言うなあ!」


 仇討ちに燃えるかのような目でボールを跳ねさせていた陽子が、ぎろりと香永を睨む。

「この痛み、貴様にも味わってもらうぞ!」

「私に投げても意味ないですけど……あ、」

「悪く思うな沙由ちゃん!」

 陽子にとっての由那が、香永にとっての沙由……という発想なのだろうが。沙由を狙ったボールを、中村が受け止める。


「後輩に大人げないリベンジかますな、陽子!」

 彼女の暴走は彼氏が、という図式。

「すごいっすね、殺伐百合から夫婦喧嘩にシフトしましたよ」

 楽しそうな清水の実況に、「てめえも働け」とボールが渡る。


「それでは不肖清水の妙技をお目にかけご飯」

「かけるの卵でしょ!?」

 思わず突っ込んでしまった希和に、清水の視線が刺さる――これは狙われた、と思ったが。またしてもボールは外野に、結樹に渡った。運動に自信のない彼女らしく、即座に向かいの弦賀へ――パスが上手くいって安堵したように上がる口角に、普段とのギャップが滲む。


「陸斗さんファイト!」

 和可奈の声援に応えるように、鋭い球筋。高め、狙いは希和――思い切って伏せて回避、したのはいいのだが。


「きゃっ」

 軌道上にいた詩葉の肩にヒット、ボールが跳ね上がる。受け止めるべきだったが僕の力量では――と、内心で手を合わせた瞬間。

「まだっ」

 跳ねたボールを、陽向がスライディングしながらキャッチ。運動は苦手だと言っていた彼女らしからぬ機敏さというべきか、詩葉が絡むとあらゆる能力にバフがかかる彼女らしいというべきか。

「セーフです!」

「え……うわ、ヒナちゃんありがとう!」

 

 思わぬファインプレーに、周囲も沸き立つ。

「さすが陽向さん、そこに痺れる」

「君の憧れは欲しくないと思うな」

 清水のガヤに、冷静な沙由のツッコミ。


 陽向から外野の倉名、そこから相手コートの紅葉への攻撃。手加減なしの投球に見えたが、紅葉はしっかりキャッチ。

「あたしに当てていいのはケイだけだよ!」

 こちらの内野を横切るように外野へとパスしたが、高くジャンプした陽子が横取り。

「ファルコン・キャッチ!」

 鷹ではなく隼を名乗るのは――まあ、元は同じ分類だったらしいし、突っ込むまい。

「わりーなケイ!」

「俺に謝られても」


 その勢いのまま、後退が遅れた紅葉へとお返し――のはずが避けられ、後ろにいた和可奈に直撃。

「あたっ」

「わわわわわ、和可奈さんっ!?」

「動揺してんじゃねえ、誇れよ」

 

 ボールは相手コートから、外野の弦賀へ。

「仇討ちバフかかってんぞアレ」

「復讐の連鎖は不毛です……っと」

 陽子と希和で冗談を交わしつつ、弦賀と中村の間でラリーされる投球から逃げ回り。


「無念っ」

 まずは陽向に着弾。

「ぎえっ」

 すぐに拾った真田の攻撃で清水が退場。

「てめえは危険だ!」

「お前こそな」

 そこから、真田と中村の間で剛球を投げ合い、タイマンの様相を呈するようになる。


「激アツだな、ライバル同士の一騎打ちって実質セ」

「違います」

 妙な発想をした陽子を抑えつつ、希和は距離を取って攻防を見守る。ふと、相手コートの前側の、何やら手振りで合図を送っている春菜が目に入った。


「――埒あかねえ」

 中村は破れないと判断したらしい真田が、次に近い春菜に的を移す。正面から受け止めた春菜は、よろめきながらも踏ん張り、外野側から近づいていた弦賀へパス――自分が狙われるように仕組んだのかと感心する間もなく、希和は即座に投球に移った弦賀から逃げようとするが。

 振り返ったところで、後退の動線が詩葉とぶつかりそうなことに気づく――お互いに位置取りが下手だった、運任せで横ダッシュして。


「げっ」

 逃げ足を絡め取るようなボールが命中。

「ドンマイ、後任せな」

 拾い上げた陽子に頷き、小さく手を合わせる詩葉に手を振る――あまり人の邪魔にならなかった分、上出来でしょう。


 それから一進一退の攻防が続き、時間切れでの生存数で和可奈チームが勝利し。


 *


 そこから先も、チームを組み替えながら。


「奏恵さん、ご覚悟っ」

「結樹、無理しないで」

 因縁のぶつけ合いのようなじゃれ合いがボールづてに起こったり。


「そこ止めてよ藤さん!」

「沙由ちゃんは止められないよ!」

 種目がバスケに変わっても。


「キヨしっかり、そんなんじゃキセキに勝てねーぞ!」

「ごめん香永、女子小学生の方しか観てない」

 競技と関係ないような脱線を経ながら。


「和可奈さんのゴールにオレのボールを」

「相棒として許可できない!」

 くだらないやり取りと共に走り回り。


「すごい、まれくんのサーブが入ったの初めて見た!」

「初じゃない、三回目とか!」

 ラストのバレーになっても、妙なテンションが続いたまま。


「――あがっおっ」

「ありゃ福坂、ドンマイ」

「……スパイク外したら変な声が出ちゃう、男の子だもん」

「は、春菜さん!?」

 普段は使わない全身に筋肉を使い切って。


 *


 片付けを終え、使用時間が終わるまで思い思いに休憩の時間……のはずなのだが。


「なんで走り回ってるのかなあの子たち……」

「女の子には駆け出したいときがあるんじゃないですかね」

 何やら追いかけっこに興じている女性陣を横目に、希和は壁際で倉名と休んでいた。


「しかしまあ、楽しいね。童心に返った気分だ」

「童心って、まだ高校出て一年ですよ?」

「それが、周りの顔ぶれが変わると自意識も変わってね……驚いたよ、みんなの中だと一瞬で戻る。やっぱり僕は」

 部員を見る倉名の目は、前と変わらず優しくて。前よりも、自身に対して優しい、そんな気がした。


「ここにいる人たちが好きで――ここにいる僕が、好きだ」

 視線の先。はしゃいでいる和可奈を見守る、弦賀の横顔。

「……倉名さんがそう言ってくれるの、嬉しいですよ」

「君にもいずれ分かるよ。中心じゃなくたって、遠くなったって、選ばれなかった先だって、何度だって会いたくなる気持ちが」

 合宿直後に、詩葉との関係を婉曲に打ち明けて以来、その顛末は報告していないが。きっと、彼なりに察しはついているのだろう。


 どこかしんみりとした空気を読まずに、あるいは読んだ上で壊すように、中村が突っ込んできた。スライディングで文字通りに、である。

「うおっ、何すんですか直也さん」

「節目だしインパクトのある思い出作りをだな」

「物理的にやってどうすんですか」


 呆れつつも、近すぎるくらいの中村との距離は懐かしくもあって。そして先輩といえば。

「そういえば最近、やっと僕らが現役の最上級生っぽく思えてきましたね。ほら、直也さんたちは引退してからすぐにHumaNoiseが始まって、大学組と一緒でしたし」

「ああ、そういえばそっか……しかしあと半年でお前らも引退って思うと、早いな?」

「先輩らしくとか、全くなれた気はしないですけどね……」


 自分なりに、精神的にも技術的にも成長できたのは確かだが。

 目指したいと思えるような姿になれたとは、やはり思えない訳で。


「まあ実際、同じ時期の俺らとか、今のキヨとか福坂とかの方が上手いと思うけど」

 中村からの遠慮のない評価に吹き出す。

「けど、体育祭でのシナリオとか、ゴスペルでの歌詞アレンジとか、中心はお前だったんだろ? そういうのはちゃんと自信持て。それに、足りない所にどう向き合うかって意味なら、お前はしっかり見本になれてるよ」


 中村に続き、倉名も話しだした。

「雪坂は学年あたりの人数も少ないから、定まった教育体制を作りにくいんだよね。コンクール目指す上でそれがネックになるのは仕方ない。

 一方で、それだけ少ないからフットワークが軽いってのも確かだからさ。そのとき限りの顔ぶれで、共演者で、どんな景色を作れるかってのも楽しいでしょう?」


 どこまでも前向きな先輩たちの言葉に、肩が軽くなるのを感じながら、

「その点ならご心配なく。この夏も新しいことやりますし、コンクールだって新しい仲間とですし……だから、来てくれたら嬉しいです。

 学校でも、コンクールでも、ライブでも。今日みたいに、帰ってこられる場所、なくしたくないですし」


 家族というには、共に過ごす時間は短いかもしれないけれど。

 もうこの部は、訪れる場所ではなくて、決まって帰りつく場所のように思えていた――そして、いずれ離れる場所だ。


 温かいばかりでなくても、向き合うには痛すぎる日があっても。

 背を向けるには、心の中の存在が大きすぎるような。

 そこにいる人との思い出なしでは、いまの自分を語ることができないような。


「帰って、か……いってらっしゃい、で送り出したら変ですかね」

 中村の言葉に、倉名が微笑む。

「何も変じゃないだろう、それに君たち実家組だって言われる側だよ?」

「……行ってらっしゃい、先輩たち」

「ああ、行って……いや照れるなこれ!」

「後輩の挨拶を無碍にするのかい」

「む……行ってきます、とはいえだ希和」

「なんです?」

「今回のライブで信野大にも行き慣れただろ? 受験前のイメトレにもなるし、特に用なくても遊び来いよ」

「ですね、直也さんも由那さんもいるそうですし」

「うわあ、楽しそう……変な写真でも撮って送ってよ。というか、陽子からのジェラシーがすごそうじゃない?」

「一日一枚、和可奈さんか由那の写真を送れって言われてますよ。自分で頼めっての」


 ――そんな風に。居場所も距離も変わりゆく中で、変わらない居心地のよさに包まれながら。


 雪坂で過ごす最後の春が、すぐそこまで来ていた。

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