Ⅲ-8 One day more to your best day.
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Title: 合唱部のみんなへ
〉こんばんは、最後の練習お疲れ様でした。
もう部外者なくせして、本番前夜に連絡をよこしちゃう、ウルサイ先輩を許してください。
さて。
やれることはやり切った、後は万全の体調で本番を迎えるだけだ……
みたいに思えている人も、いないことはないと思うんだけど。
大体の人は、緊張していたり、そわそわしていたり、今から悔やみはじめていちゃったり。していると思います。わたしも三年間そうだったし、去年の今日はすごく不安でした。
けど、一年経った今だから言えることがあって。
みんなは、ちゃんと頑張ってきました。悔やむことも、心配することもないです。
離れていても、そのはずだって私には分かります。
だから今夜は、安心して、ぐっすり休んでください。何かやっておきたいって焦る気持ちも分かるけれど。体調の悪さっていうのは、考えている以上に簡単に、積み上げていた努力を裏切ります。だから、このメールのお返事もいらないです。
みんなのこと、これ以上ないってくらいに大好きだけど。明日聴いたら、もっと好きになっちゃうんだろうなって思います。
だからみんな、ひとりひとりが、歌ってきた自分のこと、ちゃんと好きになれますように。
それじゃあ、みんな、また明日ね。
*
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To:
Title: きっと緊張している先輩へ
お疲れ様でした、さすがにもう寝ちゃってはないと思うんですが。や、寝ちゃっていたならそれはそれで良いんですけど。
今日の詩葉さん、いつも以上に緊張してそうに見えたので。
大丈夫だって、言いにきました。
去年、初めて会った日のこと覚えてますか?
市立高校合同演奏会で、終演後に詩葉さん(
私はあの日、特に目当てのクラブがあった訳じゃなくて。通ってた学校が嫌で、エスカレーターでそのまま高校に行くのが嫌で、代わりに進む高校探しの一環、もっと言えばただの気分転換だったんです。雪坂の評判がいいのは聞いていたので、候補の一つではあったんですけど。
ステージで歌う皆さんの、というか詩葉さんの表情が、あまりにも眩しくて。
それだけじゃない、お互いを映すひとりひとりの瞳が輝いていて、ああ、この人たちはこの場所が大好きなんだなって分かったんです。
そんな気持ちになれる場所があるのは、とても……信じられないくらい、羨ましかったんです。私はここに行くんだって、迷わずに決めちゃうくらいには。
実際に飛び込んでも、その予感は少しも間違っちゃいなかった。期待していたよりもずっと、素敵な人たちばかりで、夢中になれる瞬間ばかりでした。
だから。今の私がこんなに楽しいのは、あなたのせいなんですよ、詩葉さん。
自信持ってください。あなたが思う以上に、あなたは輝いています。輝きを増し続けています。
技術だってそうです。出会った頃よりずっと巧くなっていること、同じパートの人間としても断言できます。自分の歌声と全体のハーモニーに、ずっとひたむきに向き合っていたことも、その成果がちゃんと実を結びつつあることも、私はちゃんと知っています。
だから明日は。ここにいる皆さんと歌えること、精一杯、楽しみましょう。
私も、詩葉さんと一緒の舞台で歌えること、全力で楽しみにしてます。
*
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〉和枝くん
こんばんは。確かこの週末が、君の部活のステージだったと思うので、直前の応援メッセージです……まあ、そんな時期にこのサイトは見ないのかもしれないけど。それはそれで構いません、私の自己満なので。
さてさて。
合唱部での君の姿はあまり知らないので。あくまで、私から見た君、小説書きとしての和枝くんの話になるんですが。
出会った頃のお話も、たまらなく大好きだったけど。読んで読まれてを通して、色んな人の感性と関わる度に。君が世界を切り取る感性は、より鋭く、長く、逞しい刃へと磨き上げられていったように思います。世界で一番、君の小説を読んできた私が保証します。
そんな、他の誰かと向き合うことで得られた成長っていうのは、多分、部活の方でも掴めているはずだと思います。周りと比べて劣っているのが確かでも、以前の自分と比べてみれば、きっと歩めた道の長さが分かるから。
君のその「苦手」が、全体にどれだけ不利益になっているかは分からないから、これはちょっとした我が儘なんですが。他の誰かの良いところを目指すのはすごく良いことでしょう、けど誰か「みたいになりたい」と、無理して考えるのは、できれば避けてほしいようにも思えて。
和枝くんは、私にとってかけがえのない、大切な人です。君にできないことの分だけ、君にしかできないことがある。そう思えてなりません。
「自分たち」を誇らしく感じる君が、そこにいる君自身のことも誇れる。そんな日になればいいと思います……いいや。
そんな日になります。私は心から信じてます。
という訳で。今夜はしっかり休んでくださいね。
夢の中でも応援しています。
*
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To:
Title: これまでの感謝と、これからの約束
〉 練習お疲れ様でした。本番前に時間取らせてしまうのは申し訳ないんですが、どうしても今、お伝えしたいことがありまして。
この部に入って一年半。自分で言うのもなんですが、入った頃に想像していた以上に、私は上手く、綺麗に歌えるようになったと思います。けどそれは、他の何よりも、奏恵さんのご指導のおかげでした。きっと、ここにあなたがいなかったら、私は自分の歌に早々に見切りをつけて、諦めてしまっていたことでしょう。
以前、奏恵さんのご家庭についてお話しくださったときのことです。私がこんなことを考えるのは、筋違いなのかもしれませんが。
これまで出会ってきた中で、こんなに辛くて悲しい日々を過ごしてきた人は他にいないです。そんなに痛くて苦しい経験をされて、どうしていま笑えるのか、不思議に思うくらいです。
あなたに音楽を教えたのは、あなたを苦しめてきた張本人でもあるお母様であると聞きました。きっと、あなたが持っている音楽の技術の裏には、思い出したくないような記憶が数多くあるんだと思います。
だからこそ余計に、その経験を、技術を、みんなの歌のために使う姿は、眩しく感じられます。
こんなにも格好いい先輩と、一緒に歩めたことを嬉しく思います。
だから明日は、どんな日々にも意味があったと思えるくらい、誰よりも美しい私たちになりましょう。
そんな感情を味わえたなら、あなたに教わったひとつひとつを、これからも誰かにつないでいける私でいられます。
これまで、本当にありがとうございました。
明日も、宜しくお願いします。
*
同期たちが帰り、いつもの静かな広さが戻った奏恵の家で。
明日の準備をしていた
「ねえ」
この呼び方は「こっち来て」だ、そう判断した真田が歩み寄ると、奏恵はスマホの画面を見せる。
目を通すと、結樹からのメールらしい。そのまま受け取り、じっくりと読む。
ちょうど読み終わったタイミングで、奏恵が呟く。
「いい子だよね、結樹」
「ああ」
「こんな後輩に恵まれるの、幸せだよね」
「だな」
「……もし告白してきたらさ、優しくしてあげてね」
「任せろ」
女子からの好意に曝されるのは慣れていた。奏恵と関係のない相手ならば、愛想よく、誠実に、容赦せずに拒んでいればよかった。
けど、奏恵にとって大事な後輩になった結樹に関しては……魂すべて懸けて向き合って、想いに報いなければいけない。そう思えてならない。
湧き上がる緊張に胸を刺される真田を、奏恵は無言で抱き寄せる。
――分かってるさ。
「心配するな、」
俺たちふたりで、分け合う辛さだ。
真田の手の中で着信音。
「見て」
奏恵に言われるままに確認すると、陽子からのメッセージだった。画像も添付されている。
「陽子から」
「なんて?」
「『オレたちは最高で最強だ』、以上」
「言うの何度目……」
「写真付きだから、こっちがメインだろ」
開くと、さきほど五人で撮った集合写真だった。奏恵に見せると、彼女は不思議そうな顔をして。
「あたしがこんなに笑顔で映ってる写真、見たことない気がする」
その言葉に思わず、奏恵を抱く腕に力がこもる。
「……奏恵が笑っている瞬間は、ちゃんと増えてるよ」
毎日のように、曇りの欠片もない笑顔を見せていた遠い幼い日の奏恵ほどではないけれど。
笑うことを忘れてしまったあの頃から、ふたりでまた歩き出して、合唱部に出会って。
奏恵はまた、歌いながら笑うようになった。
「楽しかったな、ほんと……終わりたく、ないなあ」
奏恵の声には、どうしようもない名残惜しさが滲む。
「陽子も言ってただろ、これからだって。それに……あの舞台じゃないと、お前が歩いてきた道の、本当の色は見えない」
産み育てられた親に虐げられた、何度も死にたいと願った。
そんな彼女の命を祝福する旅路は、まだ始まったばかりで。
次の一歩を踏み出す前に、どうしても出なければいけない場所があるけれど。
踏み越えなければ見えない景色が、鮮やかな景色があるから。
「見えるかな、ちゃんと」
「見えるさ……きっと、今までで一番、輝いてる」
「……一緒だから、ちゃんと信じられるよ」
そう言って、奏恵は真田の胸に顔を埋める。安らぐように、怖くないように、真田は彼女の頭を撫でる。
奏恵。
痛かったこと、痛いこと、苦しかったこと、苦しいこと。それだってあって良かっただろうだなんて、俺は絶対に言わない、他の奴にも言わせない。
だからいつか。何もかも意味があったって、お前自身が、心のどこかで思えるようになってほしい……なれなくてもいい、呪い続けたままでもいい、俺がやることは変わらない。
お前がいないと創れなかった景色を、ひとつひとつ、ふたりで瞳に焼きつけていく。
その重なりが、お前の幸せの支えになるから。俺の幸せに、なるから。
「……眠いや」
「分かった、後はやっとく」
「うん」
存在を、温度を確かめるようにキスを交わしてから、奏恵はベッドに潜り込んでいった。
寝息を立て始めたのを確かめてから、数時間前に受信したメールに返事を打つ。
相手は、奏恵の母。彼女が一切の連絡を取らない代わりに、真田がたびたび様子を知らせているのだった。
〉遅くなりました。
奏恵ですが、ぐっすり寝てます。体調も良好ですし、練習での調子からしても、最高の舞台になるのは心配ないと思います。
安心して、ご自宅で連絡を待っていてください。
もし会場で見かけたときには、一切の弁護はできませんので。くれぐれも、こちらにはいらっしゃらないように。
では、おやすみなさい。
奏恵に会いに来るな、そう念押しする旨を打ち終わってから、明日の準備を再開し。
手を動かしながら、懸命に涙をこらえる。
まだだ。まだ、泣くのは早い。
壊れてしまった家族を嘆く涙も、奏恵の痛みに流す涙も、俺が流す訳にはいかないから。明日、達成の嬉し涙に紛れて流してしまえばいいから。
……けど、今夜は、どうもこらえきれないようだ。
部員のそれぞれが、秘めた想いを抱えながら眠りにつく中。ただひとり真田は、誰にも知られることのない涙を流していた。
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