Ⅲ-6 New encounter, makes me encounter new myself.

 曲のフィナーレ、腹の底から響かせるフォルティシモ。

 指揮をする松垣まつがき先生が、右手を高く掲げ、掲げ。円を描いて閉じると共に、一斉に切る。

 ホールのそれには遠く及ばないが、心地いい残響が体育館を包み。先生の一礼に合わせて起こる拍手に、希和まれかずの中に疲労感と達成感が押し寄せる。イメージ通りとはいかないが、練習よりは上手く歌えたはずで……しかし、今日の、碧雪へきせつ祭合唱部ステージの本番はここからだ。


「お聴きいただいたのは、来月のNHKコンクールで自由曲として披露します、『無伴奏の混声合唱のためのカウボーイ・ポップより ヒスイ』です」

「メロディの流れも歌詞もドラマチックで、歌っていてとても心が熱くなる、そんな大好きな曲です! 真田さなだ先輩を中心としたテノールソロ、私も近くで聴いていてうっとりでしたよ」


 MCは真田、そして藤風ふじかぜ。「MCで真田さんを使いすぎでは」「けどあいつが出ると色んな人が喜ぶし」という流れで推された真田に対し、藤風は「大勢の人の前に出る経験を積みたい」と立候補だった。

 二人が話している間に、他の部員は次の曲の準備のためにステージ袖へ捌ける。

 ここまでの衣装は、トップスは黒のボタンシャツで統一、ボトムスも色は黒で統一し、スラックスまたはスカート。締まりはあるが彩りには欠ける印象だろう。

 次はそこに、鮮やかな色のアクセサリー……帽子やらリボンやらといった小物類を、MC中に着けていく。みんなで休日に服屋や雑貨店を巡って吟味し、希和が選んだのは緑のスカーフ。


「それでは、これよりお届けします新感覚のステージ」

「目と耳と心を全開にしてお楽しみください!」


 真田と藤風のMCが終わりに差し掛かったところで、入れ替わるように別の二人が舞台袖から出ていく。

「よし、ファイト」

 まずは由那ゆな。手をつないでいた陽子ようこからのエールに頷き、深呼吸してから歩き出す。

 続いて紅葉もみじ。戻ってきた藤風に「(真田の相方役として)合格」と声を掛け、真田とはすれ違いざまにハイタッチし、ピアノの前へ。

 ステージ上に二人だけということで、少し客席がざわざわしている気がしたが。静まるのを待たずに、由那の歌声がアカペラで響く。


 “さあ、おけいこを始めましょう”


 トーン、声量ともに問題なし……むしろ練習よりも力強い響きに、陽子がガッツポーズ。


“歌のはじめは、ドレミ”

 ドレミ、紅葉がピアノで合流。


“ドレミファソラシ”

 由那がシの音で伸ばしたまま、紅葉と目線を合わせる。由那がロングトーンを切った瞬間、紅葉がピアノを弾き出す。本来は二小節のフレーズをアレンジし引き伸ばし、最後は軽快にグリッサンド。


“さあみなさん一緒に、ドレミの歌を歌いましょう“

 由那はこのセリフに続き、ステージの両袖から春菜はるな福坂ふくさかが「ド」の行を歌いながら中央へ歩いていく。

 一フレーズにつき二人ずつ、ときには歌詞からイメージした振付を取り入れつつ。

 希和の担当は「ソ」、パートナーは陽向ひなた

 歌い出しの二拍前、向かい側の陽向と歩調を合わせつつ歩き出して。

“ソは青い空”

 まず上を指さし、それから広々とした空を表すように両腕を広げ、広げきったタイミングでの、陽向との距離……練習通り。すれ違いざまにハイタッチ。

 ちらりと見えた彼女の横顔は……「やればできるじゃん」とでも言いそうな表情に見えた。


 「シ」が終わった所で全員がステージに揃う。

 “さあ、歌いましょう”

 続いて同じメロディを英語版の歌詞で、全員の混声ハーモニーで。

 Doe, ray, me, far, sew, la, tea.

 その音階の主旋律担当が、英詞をゼスチャーで表現していく。

 牝鹿の角。太陽の燦燦さんさん。君と僕。遠くへの歩み。服と縫物……と、ドからソまでは良かったのだが。


「a note to follow so……なんでラだけ相対位置でしか言ってもらえないんですかね」

「合う英単語がなかったからじゃねえの、実際あんま思いつかないし」

「……ラーメン」

直也なおや、ほんと食うことしか考えてねえな」

「食いてえって言ってたの陽子だろ、昨日」

 という一幕はあったものの。結局、「ソ」の担当に手を引かれて招き入れられる、という形に。

 最後の「シ」では、紅茶を高い位置のポットから注ぐ、某刑事の真似を取り入れた。


 次のブロックに移る前に。紅葉がピアノで間奏を繰り返している間に、詩葉うたはの台詞が入る。

“さあ、今度は歌と一緒に、楽器の音色で遊びましょう”

 よく響く、溌溂とした「お姉さん」な声……大丈夫、できてるよ詩葉さん。

 内心でエールを送りつつ、希和は木琴の前に立ちマレットを構える。右横の鉄琴の前には春菜が、向こうにはメロディオン担当の清水しみずと陽子がスタンバイ。


「それでは皆さんいきますよ、いち、に、さん、はい」


 ドミミ、ミソソ、レファファ、ラシシ。

 一フレーズごとのパスを、合唱に楽器を加えた編成の中で回していく。

 鉄琴と木琴はセットだ。春菜と息を合わせながら、リズムに遅れないように、それ以上に音を外さないように。理想を言えばノリノリに、他のメンバーと身振りでコミュニケーションしながら弾きたかったのだが……最低限が限界だったので、なんとかそこに達しているように落ち着いて。


 楽器パートを無事に終えた所で、今度はラップパートに入る。担当の藤風と中村が、一度後ろを向き、拳で胸を叩いてから希和へと腕を伸ばす。


 見てろよ飯田いいだ、想像してるより格好よく決めてやる。

 ありがとね飯田、こっからは任せて。


 希和が両手のマレットで指して二人に応えると、二人はステージの正面へ躍り出る。


“Are you ready?”

“to rhyme with”

“A-B-C!”


 *

 ラップを入れましょう、と希和が提案して。試しに書いたものが意外と好評で。

 じゃあ担当をどうしようかという段になって、上級生からの推薦が集中したのが中村。

「地声が太くて張りあるし、響かせるのも上手くなったし似合いそう」

「そりゃありがたい評価だけど、ケイの方がもっとスマートにできるだろ」

「最後ぐらい、お前がフロントで暴れてるの見てみたいんだが」

「そうですよ、僕らも見たいです」

 というやり取りを経て、まず一人。

 もう一人はどうしようという話に移ったとき、立候補したのが藤風だった。

「自分にどんな歌い方、音楽の仕方ができるか知りたくて……チャンスがあるなら、ぶつかりたいんです」

 

 そしてそこからは、全体の練習と並行しながら。希和の考えた詞を中村と藤風がラップで歌い、リズムに合わない部分を繰り返し調整するという作業が続いた。パートの先輩としてずっと近くにいた中村に対し、同学年ながら距離の遠かった藤風とは、初めて密接に関わる機会となったのだが……意外にも、共同作業は楽しかった。


 

「あのさ飯田、怒らせるかもしれないタイプのぶっちゃけしてもいい?」

 そんなある日、藤風からこんな話があった。

「……傷つきはしても怒りはしないのでどうぞ」

「うんじゃ。飯田が取材でやってきた頃さ、なんかクソダサ地味男子が来たなあと思って、まあ仲良くなりたいとは微塵も感じなかったわけよ」

「クソダサ地味な自覚はあるけどもうちょっと言葉を選ばないかい……とはいえ僕も、藤さんみたいな女子には苦手意識ありましたよ」

 華やかというか、陽性というか。彼女のようなタイプ……というより、その手の女子のグループとは、小学校の頃から大体反りが合わない。

「やっぱりお互いか~。で、飯田が記事仕上げて持ってきたときも、すごいけどあんま興味ないかなって感じで。入部してきたときはマジかって引いたけど」


「……悪口ぶつけに来た訳じゃないのよね?」

「あーうん、言いたいのここから。そんな感じで、最初は飯田のこと、むしろ嫌いだった訳。けど結樹づてに喋ったりして、意外と過ごしやすいなって。あとゴスペルの時とか、ウチじゃ出来ないような思いつきとかしてて、面白いなって思って。英語の歌詞とか格好良かったし。

 自分とは合わないって思っていた人との間にも、新しい自分と出会うチャンスが転がってるんだなって。そう思えたから、今回も一緒にやろうって決めたんだけど」

「決めて、どうだったんです?」

 

 自信なさげな希和の問いに。

「楽しいよ、すごく」

 藤風は迷わず言い切った。

「こんな風に歌える場所があるってだけでも嬉しいけど。歌う言葉をイチから考えてくれたり、どうすれば格好いいかって一緒に悩んでくれるのも、すごく楽しい。こういう経験、ここの合唱部に入る前は想像もしてなかったからさ」


 新しい誰かと出会うことは、新しい自分と出会うこと。

 その結果は、いいことばかりとは限らないけれど。


「なら良かった。僕も、思っていた以上に色んなアイデアを思いつけているから……多分、ここでなら、みんなとなら、僕の可能性はまだまだ広がってくれる気がする」


 昔から好きだった、Regen Bogenレーゲンボーゲンというバンドがインタビューで常々語っていることがある。

 我々が新しい音楽をアウトプットし続けられているとすれば、それは絶えず新しいインプットを受け取り続けているからだ、と。彼らにとっては、タイアップとなる作品や持ち込まれる企画、他のクリエイターの作品、あるいはファンとの交流がそれに当たるらしく。

 領域もレベルも全く違うが。合唱部として、報道編集委員として、あるいはウェブ小説書きの和枝として……新しい何かを創る楽しさを覚えた身としては、感銘を受けると同時に共感を覚えもする考え方だった。


 僕に合唱部は向いていなかったのだろう、それは承知で努力は続けているが……もしかしたら、僕の居るべき場所はここではないのかもしれない。

 それでも、いつか。居るべきでない場所で、向いていないことに取り組んで……叶うことのない恋に身を焦がした経験だって、新しい何かを創り出す原動力になるかもしれないから。きっとその時は、つむぎが応援してくれるはずだという予感もする。


 けどいま思い描くべきは、上手くいかない未来じゃない。

 みんなと創り出す、みんなとだから輝けるステージを、心に描こう。


 *

 ドレミを英語表記、C-D-Eにして、それぞれをキーワードの頭文字にするという方法で、希和はラップのフレーズを作っていった。フロントの中村と藤風が交替で、ときには同時に歌う後ろで、他の部員はヴォーカリーズでハーモニーを奏でる。


 拍に乗って、韻を踏んでCount the beat & check the rhymeお届けするよ愉快なひとときCheck it out our cheerful time

 みんなではしゃげる今を逃さないでDon’t miss it cuz dancing days;いつか懐かしくなってしまうからyou miss it someday

 溜め込んだエネルギーの爆発でExplode our energyヤバい空間へ君を連れてくよWe’ll bring you to emergency

 綺麗な歌声でこの場が満ちたならFill the house with beautiful voice分かるでしょう、心の歓声Feel your heart’s joyful noise

 輝きってのは今ここのことGolden age is right now right hereアゲまくってるのが聞こえる?We’re gaining, can you hear?

 憂鬱を吹っ飛ばす準備はいいかいAre you ready to assault melancholy?お楽しみはもう始まってるよAmusement began already

 最高の時間を届けるからBet you, we bring you best moments手を挙げて、僕らの手を取ってSo put your hands, take our hands



“さあ、歌いましょう”


 希和自身も歌いながらで、ゆっくりと観ている余裕はなかったのだが。

 目立つミスはなかったし、練習のどの回よりも息が合っていたように見えたし。客席も驚いているように見えたし。

 何よりも。ラップを終え、振り返って僕にピースサインを向けてきた藤風の笑顔が、とても誇らしげで眩しくて……大丈夫、きっと上手くいってた。


 そして全員でのコーラスに戻り、最後はパート別に一音ずつ。

 “ドレミファソラシド、ソ、ド”

 歌い終わりと共にポーズを決め。すぐに響いた拍手に安堵する。

 列に並んでお辞儀をし、退場。袖で聴いていた松垣先生に迎えられる。

「みんなお疲れ~、格好よかったよ!」

「ウチ、大丈夫でした?」

 柄にもなく心配そうに、藤風が言う。

「勿論、今までで最高の出来だったよ~。ねえ、プロデューサー?」

「……飯田、お前だよ」

「え、はい?」

 自分に話が振られているとは思わず、中村の指摘に間抜けな返答。

「プロデュースなんてしてないですし、その称号は先生にこそ相応しいって思うんですけど……はい、すごく格好良かったし、嬉しかったですよ。自分で考えた言葉が、ああいう風に歌になるっていうのは」

 そこまで言ってから、ふと思いついて付け足す。

「だから、お二人とも、ありがとうございます。格好よくキメてくれて」

「……そこでお礼言う辺りが」

「お前らしいよな、こっちこそ」

 中村と藤風が答え、そして三人で笑う。


 憧れた場所に飛び込むと決めてから、ちょうど一年が経とうとしていた。

 思い描いたようには、全くなれていないけれど。劇的な成長なんて、結局できていないけれど。

 新しい人と、音楽と、出会い続けた僕は。

 予想もしていなかった新しい何かを、創り出せているような気がした。



 *

 

〉紡さん

 つい先日、前からお話していた文化祭の本番がありまして。僕の主観としても、また観てくれた人からの感想からしても、上々のステージになったように思います……まあ例に漏れず、僕は活躍するどころか足を引っ張ってばかりの身なので「他の皆さんが」「良いステージにしてくれた」という言い方が正しいのですが。

 

 それで前にお話ししていた、英語のラップを作ってみましたよ、という件なのですが。こちらも、担当のお二人が格好よく披露してくれました。

 その二人というのが、片方は入部からお世話になってた先輩で……こちらは、意外な形ながらも、ささやかな恩返しができたかなあ、と。

 それでもう一人が、同期の女子なんですが……当初は、僕にとっては苦手なタイプの人で、あちらも僕のことはあんまり良く思っていなかったようです。「クソダサ地味男子」との形容を頂きました(笑)

 そんな「合わなかった」者同士が共同作業した所、案外……ほんとに案外、楽しかったし上手いこといったんですよ。お互いがやりたいことを実現するために足りないものを、お互いが持っていた、みたいな。

 新しく誰かと出会うことが、新しい自分に出会うことと繋がっているんだ、そんな感覚を改めて得たのですが……元々、自分にやらせてくださいって立候補できたのは、紡さんが僕に自信をくれたからなので。

 部活じゃなくて、こっちで書いてる小説に関しても。僕ひとりじゃ思いつかなかったような、紡さんと一緒だったから創れた話がいっぱいあるので。

 きっとこれからも、紡さんがいれば、今の僕が想像していないような物語を、ずっと創っていけるような、そんな過大な自信がありますので。

 

 いつもありがとうございます、末永く、宜しくお願いしますね。

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