エピローグ 



 休日が明けて、授業を終えてからの放課後。

 僕たちは約半年ぶりにハートレスサークルの部室に集まっていた。花屋木は持参してきた花に水を遣り、沙凪はパイプ椅子に座って静かに本を読んでいる。僕は隠して持ってきたテレビゲームをテレビに繋ぎ、久々に『クロノファンタジー』を始めようとしていた。

 そこで花屋木が思い出したように声をあげる。

「そういや沙凪ちゃん、一つ聞いてもいいかい?」

「なんでしょう」

「いやな、沙凪ちゃんが美玉ちゃんに投票した理由をまだ聞いてねぇなって思ってよ」

「言われてみればそうだな」

 僕も賛同することで、沙凪は眉を下げて少し困ったような顔をした。

 読みかけの本に栞を挟み、彼女は静かに閉じて膝元に乗せる。

「そうですね――」

 と、沙凪はちらりと僕のほうを見た。どこか意味ありげな、妖艶な笑み。それでいて、自虐めいたものを滲ませながら。

「……強いて言うのなら、嫉妬です」

「うおおお、マジか!」

 花屋木は僕と沙凪を交互に見ながら驚きに目を見開き、マジか、マジかよと連呼する。

「ちょっと待て。一体どういうことなのか説明して欲しいのだが」

「悪いな円樹クン、ちょっと一発殴らせてくれや」

「なぜそうなる。僕は何もしていないだろうが」

「いいから黙って殴られろこの幸せ者め」

「貴様やめろ食虫植物に溶かされろ」

「望むところだ」

「この変態め」

「お互い様だ」

 ――睨み合い。そして、今にも殴り合いになろうとしたその時に。

「ああ、そういえば。春日井先輩から預かりものがあったのでした」

 沙凪が手を叩いてそう言った。しばらく花屋木と睨み合いが続いたが、さすがに美玉先輩の名前が出ると無視はできない。僕たちはしぶしぶ一時休戦とあいなった。

 沙凪は鞄から何かを取り出すと、それを僕に差し出してくる。

 手の平に収まる大きさの、四角いプラスチック。

「これは……メモリカード?」

「みたいですね。手紙と一緒に入っていたものです」

「……まさか――」

 僕はピンとくるものがあった。沙凪からメモリーカードを受け取り、テレビに繋いであるゲーム機にそれを差しこんだ。電源をつけて起動させる。

「おいおい、いきなりどうしたよ?」

「空木さん?」

 二人とも怪訝そうにしながら僕の両隣に立ってくる。

 中に入っているディスクはさっきやろうとしていた『クロノファンタジー』だ。オープニングムービーをスタートボタンでスキップし、『つづきから』を僕は選択する。

 そしてしばらく続いたロード画面から一転、僕も見たことがない街が現れた。どこかサーカス団や遊園地を彷彿させるような、人と遊具に溢れた奇妙な場所である。

「ここが、エルドランド……」

「エルドランド? そういや美玉ちゃんがそんなワードを口にしてた気がするな」

「ああ、彼女がここを目指していた理由がようやくわかった」

 どういうことよ? という花屋木の質問を無視し、僕は主人公を操作して『それ』を探す。目的のもの――というより、目的の人物は意外と早く見つかった。なぜか猫の着ぐるみを着ている子供で、手にはマイクを持っている。話しかけると下にテキストウィンドウが現れた。

『ニャニャ。魔王を見事打ち倒した勇者よ、ヒーローインタビューをしてもよろしいニャ?』

 そんな謎のセリフと共に、また別のウィンドウが出現する。

 選択肢が二つあり、『インタビューを受けてやってもいい』が一つと、それから『過去のインタビューを読ませて下さい』という項目が一つ。

 全体的にふざけた仕様ではあるが、自然、僕は喉を鳴らした。自分の心臓の鼓動が早くなるのを感じながら二つ目の項目、『過去のインタビューを読ませて下さい』を選択する。

 そして、そこに表示されたのは――

「おいおい、まさかこりゃあ」

「春日井先輩……」

 沙凪と花屋木も驚いているようだった。僕もまた画面に釘付けにされていた。


『親愛なるハートレスサークルのみんなへ』


 そんな書き出しから始まる、美玉からのメッセージがそこにはあった。

 もちろん僕たちへ向けたものだろう。彼女らしい砕けた文章には半年前のあの事件のことを後悔していたり、僕たちを信じ、その一方で僕たちを心から心配している内容が書かれていた。

 僕は手元にあった『クロノファンタジー』のパッケージを見る。

『過去と未来を紡ぐRPG』と題されているように、エルドランドにあるこのヒーローインタビューは、メモリーカードにデータの一部として保存され、大人になった自分に届けるメッセージだと言われている。

 いわば、デジタル化されたタイムカプセル。

 当時は想定していたプレイヤーから対象年齢が少し外れていたため、このサプライズは子供じみているとあまり評価はされなかった。がしかし、そこは価値なきものに価値を与える彼女だった。美玉先輩はこの機能に目をつけ、こんな形で僕たちに見せてくれた。

 それも、初めからこの結末が――僕たちが再びこうしてこの部室へ集まることを見越して。

「……」

 いわゆるGM、ゲームマスターという言葉が脳裏に浮かぶ。

 テーブルトークゲームなどで進行役を務め、参加者たちをまとめあげ、事前に用意していたシナリオを展開していく役割を指す。言うなれば僕たちは彼女の作り上げた盤上の駒であり、彼女の思い通りに物語が進められていたことになる。

 半年も前から――いや、恐らくはそれよりもずっと前から彼女は計画していたのだろう。来るべきタイミングを虎視眈々と待ち続け、意図的に『事件』を起こし、オストラシスを実行し、自らの死を僕たちに悟らせることなく静かに去る。そしてその半年後、ゲームソフトの『中身違い』を利用して僕たちを集め、再びあの浜辺で『オストラシス』をするように仕向けた。

 すべては彼女の思惑通り――だったのかもしれない。

「……まったく、『ゲームの達人』とはよく言ったものだ」

 呆れて僕は一人苦笑する。まさか、彼女がそこまで計算して名乗っていたわけではないとは思うが。……そうであってほしいことを願う。

 そして画面には、彼女の文章でこう締めくくられていた。


『願わくば、愛するハートレスサークルがずっとずっと平穏でありますように』

 

 ――と。

 まさしくそれが、春日井美玉のたった一つの願いだった。

 そんな彼女はメッセージにもあったように、後悔していたのだろう。僕たちに対し、後ろめたさを感じていたのだろう。彼女らしいやり方でこそあるが、僕たちに謝罪の意を示してきたのだから。

 僕はポケットから一枚の貝殻を取り出す。ゲームソフトと一緒に同封されていたものであり、裏返すとやはりそこには『春日井美玉』と書かれている。

 平穏を乱す者は誰か?

 悪いのは誰か?

 魔王は誰か?

 それを決めるオストラシスの際に、彼女は自分の名前を書いていた。そしてその貝殻は沙凪を通し、僕に送られてきた。『勝手なことをしてごめんね』――そんなメッセージを僕に読み解かせるために。

 全員が黙って画面を見つめる中、僕はゲーム機のリセットボタンを押した。画面が暗転してからしばらくするとまたオープニングムービーが流れ始める。

 傍らに並ぶ二人は首を傾げていたが、スタート画面に戻ると僕の意図に気づいたようだった。顔を合わせてお互いに笑みを浮かべ合う。

「なんだ、ゲームをするのは無意味じゃなかったのかよ?」

「回復はお任せ下さい」

 それぞれの手にはコントローラーが握られていた。僕は頷き、『はじめから』を選ぶ。すると画面に『クリアデータを引き継ぎますか?』というテキストウィンドウが表示されたので、僕たちは『はい』を選択した。

 ――ふと、部室の窓際に飾られていたアルストロメリアが目に入る。開けていた窓から入りこんできたのだろう、モンシロチョウが花の周りで自由気ままに戯れていた。潮の匂いをかすかに含んだそよ風が、夕焼け色の花を揺らす。

 僕にはそれが、首を傾げて微笑んでいるようにも見えた。



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放課後オストラシス とよきち @toyokiti3260

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