第13話 『死神』VS『一突き』

 一瞬で、剣は三度触れ合った。


 飛び上がったリディアの上段からの斬撃を、分厚い剣の腹で受けたローグが、返し刃で一撃を振るい、それを捌いたリディアが二度目の斬撃を振るうと、今度は切っ先でそれを凌いだローグは、剣を引き寄せ、鋭い突きを繰り出してきた。


 速い。


 リディアは反射的に紅い剣を立てて構え、その突きの軌道を逸らすようにして躱した。金属と金属の擦れ合う、鈍い異音が耳を聾する。

 どの攻撃も、一撃を受ければ、その先に死以外の答えはなかった。そんな緊迫感を楽しんでいるのだろうか。ローグの顔が笑っている。リディアを嘲笑うようでもあった。


「借りは返すぜ、死神!」


「……いいだろう。おれも果たさなければならない使命だ」


 言葉に応じ、一度互いに後方へ跳躍する。長くなった間合いを、今度はローグが詰めてくる。一直線ではなく、右側に走って揺さぶりをかけると、そこから一歩でこちらの懐へ飛び込んできた。


 明らかにシフォアで見た時とは形状の異なる刃は、山刀のように武骨で、肉厚で、肘から手首まで程度の長さしかない得物だった。だが、そこから感じられる魔法の力の禍々しさは変化していなかった。紛れもなく、それが魔剣アンヴィだとリディアに伝えてくる。


 魔剣の力によって、振るうものの容姿が変化する事例は、これまでにも何度か見て来た。だが魔剣そのものが姿を変えるのを見るのは、これが初めてだった。百魔剣の中でも十振りだけに与えられた『領主』の称号を持つものともなると、もはや形状すら変質できる、ということなのか。それともそれができるようになるほど、アンヴィとローグは魔剣と導き手としての融和を得たのか。

 魔剣との融和の度合いは、魔剣に宿った魔法の力を、どこまで使えるのかという部分に直結する。それは即ち、単純な強さに他ならない。もし、ローグが望んだ武器の形状に、アンヴィを変化させたのだとしたら、それが非常に高度な段階の魔法の力なのだとすれば、この戦いは、本当に、一撃誤れば死であることを覚悟しなければならない。


「シヤャアアアアアア!」


 蛇のそれを思わせる声を上げ、肉薄したローグがアンヴィを突き出す。移動速度を攻撃の威力に転化した高速の突き。ローグ・バジリスクの異名『一突き』の通り、その突きはまさに一突きで相手の命に届く。


 頭で考えるよりも早く、リディアの身体はその場を退いていた。飛ぶように後退してローグの突きを躱すと、着地した足で床を蹴り、今度は踏み込む一撃を上段から振り下ろした。が、ローグもよく見ている。あえてさらに一歩踏み込んで、上段から落ちてくる紅い軌跡を、アンヴィの腹で受けると、その刃を素早く旋回させて、こちらのがら空きになった胴体を薙ぎ払う一撃を見舞って来る。


 が、それはリディアの予想の範疇だった。


 横薙ぎの一撃が届くより速く、リディアはその場で左足を軸に旋回した。残像が残るほどの速さで繰り出された回し蹴りを側頭部に受けて、ローグが翻筋斗もんどりを打って床に倒れる。


「……さすがだなあ、死神」


 腹這いになったローグが、満足げな顔を上げる。心底、いまの状況を楽しんでいる。そんな満面の笑みは、毒々しい気味の悪さを孕んでいた。


「……商人たちの命を狙ったのは、お前の意思か、それともローグの意思か」


 リディアは問う。ローグの名を後ろに置いたのは、いま、剣を交えて感じたもののせいだ。


 やはり、ローグ・バジリスクという男の意識は、完璧にはここにない。


「……目的が合致したのさ。おれは欲を食いたい。こいつは血が見たい。あとはギャプロンからの報酬も、頂きたかったんでな、おれは」


 にやり、とローグが笑う。ひどく下卑た笑いは、時折、表情の様子が変わるようにリディアには見えた。それはいまの言葉を話す最中でもそうだった。同じ表情であるのに、その様子がガラリと変わる。同じ人物であるはずなのに、まったく別人に見える。リディアはその様子に、一つの仮説を立てた。


 ローグとアンヴィが、頻繁に入れ替わっている……?


「こいつはなかなかイイ男だぜえ。欲望に正直でな。おれを目覚めさせた感覚とは違うが、これはこれでいい。久しぶりに全力が出せそうだ、なあ、『統制者』よお」


「……なるほど。貴様の目的は、おれか」


「お前じゃあねえ。お前の中にいるもんだ」


 そこでローグが、ほとんど腹這いで倒れた姿勢のまま、わずかに浮かせた手足で床を蹴って、低い軌道で一瞬のうちに詰め寄ると、リディアの脛を狙った斬撃を振るった。


 リディアは一歩退いてそれを回避したが、まるで避けられるのがわかっていたかのように、ローグの身体は動いた。横薙ぎの一閃が避けられると、その剣をそのまま床に突き刺し、支柱にした上で、体重を剣に乗せて逆立ちになると、リディアの顔目掛けて鋭い蹴撃を見舞ってきた。


 意外な攻撃に、リディアはローグの蹴りを受けて、後方へ飛ばされる。転倒は寸でのところで持ちこたえたが、口の中に血の味が広がった。


「お前を殺らねえと、おれに本当の自由はないからな、ここでケリを着けさせてもらうぜ『統制者』よお!」


 構えを取る前に、畳みかけるようにローグが仕掛けてくる。叫び声に反応したかのように、再び剣から迸った紫の光が、数本の帯となり、うねりながらリディアの正面の上下左右を全て覆い隠して迫って来る。


 一撃受ければ死。


 この魔法の力とて、それは変わらないだろう。


 リディアはその場を退いて回避しようとしたが、数歩後ろに下がろうとしたところで、そこには大部屋の壁があることに気がついた。


 まずい、と思った瞬間だった。リディアはあの『声』を聞いた。

 それは初めてのことではない。このような窮地に追い込まれたとき、必ず聞こえてくる『声』を、リディアは聞いていた。


(我に委ねよ、導くものよ。お前の身体を失うわけにはいかぬ)


 尊大で、威圧感のある声は、リディアの頭の中にだけ響く。それは幾度となく窮地に陥ったリディアを救ってきた。本当ならば死んで当然の戦場においても、その声に全てを委ね、リディア自身は『眠り』についている間に、問題は打開されていることがほとんどだった。


 無敵の力。


 死を打ち払う、完全なる力。


 だが……


「おれは……」


 リディアにとってその力は、決して、勝利を齎す為だけのものではない。


「いつまで、生き続ければいい……?」


 つぶやきは、迫りくる紫の光に包まれて消えた。

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