第3話 まるで化け物じゃねえか

 捕らえられた傭兵は、魔剣を盗み出そうとした数人の、唯一の生き残りで、確か名前はアシャンと呼ばれていた。クラウスと互角に渡り合う戦いを、シホも見ていた。妙に長い手足から繰り出される高速の刃は、シホには到底目で追うことのできる速さではなかった。


「知らねえ。わからねえんだよ。ローグの野郎がどこ行ったかなんて」


 狡猾を絵に描いたような、蛇を思わせる顔を床に向け、アシャンは弱々しい声でつぶやいた。シフォア神殿の一室に捕らえられたアシャンは、両の手を後ろ手に縛られた姿勢で椅子に座らさせられていた。神殿という建物の性質上、当然、牢に代わるような部屋があるわけもなく、入口に警備の兵を立たせた部屋に監禁する以外になかったのだと、ここへ来るまでの道すがら、クラウスが話してくれた。


「ならばどこへ魔剣を運び出そうとしていたんだ? それぐらいの計画はあったのだろう?」


「ローグの野郎がすべて知っていたのさ。おれも、他の連中も、野郎があんなことになるなんて思っちゃあいなかったからな。誰も聞いてねえんだよ。これからどこへ行き、どうやって魔剣を依頼主に渡すか、なんて話は……」


 部屋に入り、クラウスの詰問が続いていた。静かに、淡々と問い詰めるクラウスの姿を、シホはただ黙って見ているしかなかった。時折、蛇のような目がこちらに向き、恐怖を覚えた身が、その場から一歩、退きそうになるのを必死で堪える。それぐらいしか、シホにできることはなかった。


 隣に立つリディア・クレイは、石造りの壁に背を預け、やはり一言も発することなく立っていた。腕を組み、目を半ば閉じているような様子を、シホは横目で盗み見た。自分とは違い、緊張した様子はなく、ただそこにいる、という姿は、戦い慣れている、不穏な空気と場に慣れているからなのだろうか。自分とは住む世界があまりにも違う、と否応なく思わされる。


「ならば、その依頼主は誰だ。貴様らが報酬を得るためには、魔剣をその人物に渡さなければならないのだろう。ローグという男も、最終的には必ずその依頼主のところへ……」


「神殿騎士長殿よ、あんなになっちまった人間が、まともに報酬なんか受け取りに行くと思うかよ…… わからねえ。わからねえんだよ、ありゃあ、いったい何なんだ。あんなのまるで…… まるで化け物じゃねえか」


 ぴくっ、とリディアの身体が震えたように見えた。化け物、という言葉に反応したように思えたのは、気のせいだろうか。シホが向けている視線に気づいているのか、いないのか、わずかに顔を上げたリディアは腕組みを解き、壁から背を放すと、一歩前に踏み出した。


「魔剣アンヴィは人の欲望を増幅し、斬った者の憎しみを食らう『領主』の一振りだ。覚醒初期の混乱は、『騎士』や、それ以下の魔剣よりも大きいが、それが収まれば後は『持ち主』の意志を尊重するはずだ。『持ち主』の強い欲望が、あの魔剣の力になる。もし金銭に対する欲求が強ければ、あの男は必ず貴様らの依頼主のところへ行くだろう」


 クラウスも、アシャンも、そしてもちろんシホも、リディアのその言葉に驚きを隠せなかった。いったい、何から訊き返したらいいのか。それほど多くの疑問を含んだ発言だった。


「依頼主は誰だ。それだけ分かればいい」


「リディア・クレイ殿。いまの言葉、貴殿はどこでその内容を?」


 歩を進め、アシャンとの距離を詰めるリディアの前に、クラウスが立った。アシャンに向けていた詰問の声音そのままに、クラウスとリディアは対峙する格好になった。


「そんなことはいい」


「よくはない。なぜ貴殿はそこまで魔剣に詳しい。なぜこの護衛任務に魔剣が関わっていることを知っている。アンヴィのことは貴殿ら傭兵たちには伝わっていないはずだ。この男たちを除いては、な」


 長身でがっちりとした体形、しかも胸当ての鎧を着こんだクラウスに対し、背丈こそ劣りはしないが、女性のように線の細いリディアが、真正面から対峙する様は、あまりにもクラウスが高圧的に見えた。


「……何が言いたい」


「貴殿はこの者たちの仲間ではないのか、と訊いている。リディア・クレイ」


 いや、とシホは思った。クラウスはそうではないことを知っているはずだ。リディアの持つ剣が、アシャンたちに奪われようとしていた事実を、シホも、クラウスも見ている。もし仲間ならば、そんなことはしなはずで、当然、それがわからないクラウスではない。いったい、クラウスはリディアから何を訊き出そうとしているのか。


「おれに仲間などいない」


「ならば、その知識はどこから得た? 昨夜、お前が口にした、封じる、という言葉は、いったいなんだ? この男たちの仲間でない、というのであれば、話せるはずだ」


 そうか、とシホは驚き、目を見開いた。クラウスもあの言葉を聞いたのだ。貴様はおれが封じる。リディアがそういった、あの言葉を。シホと同じく、クラウスも、その言葉の出処を探そうとしていたのだ。おそらく、ここへ一緒に来るように頼んだのも、アシャンという傭兵から何かを訊き出させるため、だけではなく、リディアから、あの言葉の真相を訊き出すためだったのだろう。


 クラウスは頭がいい。そういう根回しができるからこそ、これまでシホの身の回りで起こっていたはずの、様々な雑事を、淡々とこなしてきている。それはシホも知っていた。いつか、この人のようにならなければ、神殿を中心に関わることになる、貴族、王族たちとの駆け引きはできない、だからなれるようにしようと、シホは憧れを含んで思っていた。


「『死神』は仲間なんかじゃねえよ、神殿騎士長殿。そんな何考えてるかわからねえ、おっかねえやつ、仲間になんかできるわけがねえ」


 クラウスがアシャンを振り返る。その肩越しに、シホもアシャンの顔を見た。アシャンは痩せた顔に下卑た笑みをにやり、と浮かべて、言葉を続けた。


「大体、あの剣収集家の成金野郎も『死神』の紅い剣を追加報酬に入れてきていたんだ。だからローグの野郎も……」


「やれやれ、口が軽い、という話は本当でしたね。来てみてよかったですよ」


 えっ、と思った時には、その変化は起きていた。


 アシャンの首筋に、短剣が突き立ち、その身体がびくん、と跳ね上がる。次の瞬間には、その刃が引き抜かれ、深紅の鮮血が、盛大に舞い上がった。

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