第13話 強奪
クラウスが教会内のある違和感に気づいたのは、ほとんど奇跡と言える。動く死体が歩き回り、応戦する神殿騎士や兵士、傭兵が入り乱れ、狂乱の様相となった教会の中で、その違和感に気づくことができたのは、クラウスだけだった。
動く死体と応じる者。
それ以外の意志が存在している。
純粋に戦場と化した建物内において、そんなことはないはずだった。しかし、クラウスは奇妙な動きをする一団があることに気づいたのだ。逃げ惑う教会関係者ではない、明らかに、何かの目的をもって、教会内を奥へ奥へと進んでいく一団。傭兵の姿をしていたが、自身の防戦以外は戦うことはなく、ただどこかを目指して、歩みを進めていく。
おかしい。クラウスは手にした剣を振るう手を止めて、戦いに紛れるように教会の奥へと消えた数名の姿を見やった。
「五人、私と来い。他のものはここを死守せよ」
「クラウスさん」
クラウスのすぐ後ろに、シホがいた。シホは直接戦いに参加することはなかったが、騎士たちの武器に魔法を宿す作業を続けていた。シホの使った魔法がどのようなものなのか、クラウスにはわからなかったが、その効果は絶大で、確かにその武器で切られた死体たちは、まるで糸の切れた操り人形のように動かなくなった。しかし、武器に宿っている時間に制限があるようで、シホはそれを見極めながら、適宜、魔法を唱え、力を宿しなおしていた。
「魔剣の状態を確認しなければなりません。奥へと向かうのであれば、わたしも一緒に連れて行ってください」
シホが長身のクラウスを見上げるようにして言う。彼女がクラウスと同じ違和感に気づいている様子はなかったが、確かに魔剣の状態を確認する必要はあり、クラウスの目指す場所もまた、魔剣の安置された部屋だった。クラウスは頷くと、シホと五人の騎士を伴って歩き始めた。戦場と化した中庭を抜け、再び教会建物へ入り、さらに奥へと進む。暗く、明かりの乏しい石造りの通路を進み、あの魔剣を安置した鉄扉の部屋近くまで来た時だった。クラウスの鼻孔を、強い鉄臭が覆った。
「これは……」
シホが震える声を漏らした。鉄扉の部屋の手前、明かりが少なく、はっきりとは見えないが、数名の兵士が倒れていた。その兵士たちの身体からは、赤い液体が流れ出している。動く死体たちに襲われた様子とは違う、明らかに刃物で襲われ、絶命した姿だった。
まさか、と思ったが、クラウスの歩調は早まった。自らの衣類が汚れるのも構わず、膝をついて倒れた兵士たちの傍に駆け寄ったシホの後ろを通り、クラウスは鉄扉の部屋へと近づいた。
そこに、鉄扉はなかった。
いや、完全に開かれていたのだ。
扉の前にはやはり、二人の兵士が倒れ、血の気の失せた青白い顔で、物言わぬ姿に成り果てていた。もはや完全に、胸騒ぎは現実のものとなったことは間違いなかったが、それでもクラウスは信じられない思いで、魔剣を安置した部屋へと入った。
想像通り、そこに魔剣アンヴィはなかった。
いつだ。
いったい、いつ、ここは襲われたのだ?
クラウスは考えた。通路に転がる死体の様子は、絶命からそれほど時間が経っているようには見えなかった。ならば、あの一団……クラウスが初めに気づいた、第三の意識を宿した一団の仕業か。だとすれば、魔剣が持ち出されて、それほど時間は経っていないはずだった。
どんな持ち出し方をしたかはわからないが、とにかく戦いの渦中にある教会内をもう一度通ることは考え辛い。ならば、彼らはどこへ行ったのか。
「クラウスさん、魔剣は」
遅れて入ってきたシホが、息を呑む気配が背中越しにあった。
「……この混乱を意図的に引き起こしたのか、それともたまたま起こった混乱に乗じたのか」
クラウスはつぶやく。シホに伝えるというよりは、自分で思考を整理するために発した声だった。
魔剣の力によって引き起こされたこの混乱は、意図的に引き起こすことは不可能だ。だが、傭兵たちにはこの教会内に魔剣があることを伝えてはいない。彼らを雇用した理由は、あくまでもシホの護衛であって、それ以上の目的は知らせていないのだ。
たまたま起こった混乱に乗じたが、元々ここから魔剣を盗み出すことを目的としていた一団が傭兵たちの中にいた。ならば彼らは、この迷路のように入り組んだシフォア教会神殿内を事前に調べ上げ、入手後の逃走経路まで用意していた可能性はある。この敷地の情報にも詳しいはずだ。
「裏庭か」
そこまで考えたクラウスは、この部屋から最短で敷地外へ出る経路を頭の中に呼び出した。警護のため、シホが滞在するこの施設の地図は、頭に叩き込んであった。すぐさま身を翻すと、クラウスは裏庭へと駆け出した。
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