第8話 気配
かつて大陸を統一した王朝が、その権威の象徴として作り出した百本の魔剣には、それぞれの力に応じて階級があり、その階級に応じて、剣たちはそれぞれの持ち主を決められたのだ、と百魔剣物語は伝えている。
統一王がその手元に置いた一振り。
当時、十あったと言われ、王より統治権限を任された、大規模公爵領の領主たちの手元に置かれた十振り。
大陸統一戦争において、目覚ましい活躍をした三十の騎士と、五十九の兵に与えられた残りの魔剣たち。
当然、指導者側である王と、公爵たちの手元に置かれた剣の力は凄まじく、現在では想像することすら難しいような、数々の超常的な伝説を残している。
アンヴィと『名乗った』剣。
シホの知識が正しければ、百魔剣のうち、その名を与えられている剣は一つ。
『領主』の一振りである。
まさかとは思ったけれど、間違いない。あれは確かに、アンヴィと『名乗った』
あてがわれた教会内の寝所で、ベッドに横になったシホは、とても眠れそうにない目で寝具の天蓋を見上げ、魔剣と『対話』した瞬間を思い出した。
あれから、鉄扉の向こうに再び魔剣を閉じ込めたシホ達は、場所を移し、明日からの魔剣輸送の工程について確認しあった。主にガゼー司祭とクラウスの間でやり取りが行われたが、一部護衛の神殿騎士と、もちろんシホも同席した。王都大聖堂まではシフォアの街から丸一日。その間、何も起こらなければそれに越したことはない。しかし、輸送する対象は百魔剣の一振りである。何か起こるとすれば、どんなことが起こるのか。これまで王都大聖堂へ魔剣を封印し続けてきたラトーナの知識と経験をもとに、最悪の事態を想定した会議は長く続き、結局夜を迎えてしまった。
会議を長くした理由は、魔剣が『領主』の一振りであるからだ。
統一王の剣と、並ぶほどの力を持っていたといわれる『領主』の剣。
ラトーナでさえ、『領主』の剣を封印したことは、これまで一度もなかったのだ。
それを、初めて魔剣と対峙する、シホが封じる。
封じてみせなければならないのだ。
シホはその言葉を、口内で反芻した。
その瞬間、アンヴィと『対話』した時に感じた、気味の悪い感触が、突然その身に蘇った。
あれを、どう表現するべきだろう。
魔剣は剣、物である。命ある者ではない、そのはずだ。
しかし、シホは確かに感じたのだ。
こちらが相手を見るように、魔剣もこちらをじっ、と見ている。
頭の先から爪の先、体の中、骨の髄まで、アンヴィはシホのことを、舌なめずりをしている音が聞こえるほど、ねっとりとした視線で、じっ、と見つめていたのだ。
気味が悪い。
そう言う以外に、表現のしようがなかった。
蘇った感覚は、いま、目の前にアンヴィが『いる』かのように鮮明で、粘質的で、湿気を帯びていた。いまもあの窓のない牢獄のような部屋から、こちらを見ているのかもしれない。そう想像してしまったシホは、首だけを動かして、ベッドから見える室内の様子を確認した。一人きりの部屋が異様に広く、どこかに何か、自分しか見えない何かが這いよって来ているのではないか、と全身が粟立つ恐怖を感じた。
何もいない。
いるはずがない。
シホはそう言い聞かせて、無理にでも眠るように寝具に潜り込んで、目を閉じた。
その時だ。
瞼の裏に、稲妻のような光が、一瞬走った。
その一瞬のうちに、シホは奇妙な映像を見た。
シホは寝具を跳ね除け、慌ててベッドから飛び出すと、履物も履かずに部屋を飛び出した。
一瞬見えた映像。
それが何かの前触れ、いや、もうすでに起こってしまっていることだとしたら。
あれがアンヴィの力の一端だとしたら。
扉を開けたところに、護衛の神殿騎士が二人立っていた。夜半に突然開かれた扉に、目を丸くするほど驚いている二人の騎士に、シホは縋るように飛びつくと、口早に告げた。
「魔剣の力で命を落とされた方のご遺体は、いまどこに!?」
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