草間 卅と一夜の短篇11回

白川津 中々

第1話

「あら。今日もお弁当残されたんですか?」


 妻の言葉が胸に刺さる。しかしながら、食べられないもの食べられないのだ。


「最近食欲がなくてね……君に悪い。明日からなくていいよ」


 私がそう言うと「気にしませんよ」と妻は微笑む。申し訳なさの中に、憎しみを感じる。






「部長。お茶です」


「あぁ。悪いね」


 部下の草間君が入れるお茶。湯飲みの下に付箋。[21時。いつもの場所で]


 彼女の方を見ると、意図的に私から視線を外しているようだった。仕方なしに付箋を剥がし、茶を飲む。なんとなく、周りの視線が気になる。


 どうにも若い女を相手にすると血肉が湧く。血糖値やコレステロールを気にした弁当など、もはや口に合うはずがない。必要なのは肉。分厚い、とびきり味の濃いステーキが求められる。


 最近、妻の事を思い出すとなんとも言えぬ苛立ちを覚える。三十年連れ添った伴侶に対し罪悪感を覚えぬわけではないが、もはやこの衝動は御しきれない。


 茶を飲み終え、ふと顔に刻まれた皺をなぞってみた。心なしか、浅く、短くなっている気がした。

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草間 卅と一夜の短篇11回 白川津 中々 @taka1212384

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