『異世界詐欺師のなんちゃって経営術』4巻 発売記念全プレSS
宮地拓海
第1話『誰かの願いが叶う瞬間』
※はじめに(本編はもう少し下から始まります)
こちらは、
『異世界詐欺師のなんちゃって経営術』4巻発売記念。
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『誰かの願いが叶う瞬間』
陽だまり亭は、今日も平和で、ありふれて、平凡で、代わり映えのしない時間を淡々と積み重ねていた。
「ロレッタ。ちょっといいか?」
「はい、なんですか?」
客のいない食堂で、テーブルを拭いていたロレッタを庭へと連れ出す。
そして、放置。
後に俺だけ食堂の中へ戻り、閉扉、――施錠。
『ちょーーーっと! お兄ちゃん!? なにするですか!? なんで閉めるですか!?』
乱打されるドアを背に、食堂内をぐるりと見渡すが……変化は何も起こらない。
「あの、ヤシロさん?」
「……ロレッタが、何かした?」
不思議そうに俺を見つめるジネットとマグダ。
俺は思わずため息を漏らし、意図したところを説明する。
「『普通』の化身を表に放り出せば、何か面白いことが起こるんじゃないかと思ったんだが……変わらなかったな」
『当たり前ですよ!? そもそも、あたしは普通の化身じゃないですから!』
ドアの外でぎゃーすか騒ぐロレッタ。
こんな騒がしさも、今の俺の心を震わせてはくれない。
まぁ、要するにアレだ。
俺は、暇なのだ。
それから小一時間。
暇を持て余した俺は、陽だまり亭の内装をちょこちょこ~っといじくって、劇的にビフォーアフターしてみた。
この力作を誰かに見てもらいたいなぁ~とか思っていると、タイミングよくエステラが赤い髪を揺らして歩いてくるのが見えた。
俺は持ち場へとついて、エステラの来店を待ち構える。
――チリリン、チリン。
ドアチャイムがソプラノを鳴り響かせ、入ってきたエステラの肩をビクッと震わせる。
「えっ!? なに、このチャイム? ねぇ、ジネットちゃ……ふぁっ!?」
振り返ったエステラが奇妙な声を上げる。
「……なにごと?」
がらりと様変わりした陽だまり亭店内を見渡して、愕然とした表情を見せる。
「ようこそ……占い食堂陽だまり亭へ」
真っ黒なローブを頭からすっぽりと被り、いかにもな格好で薄く笑う俺、様になってるね!
「ヤシロ……なに、その面白い格好は?」
暗幕が張られ光が遮断された店内を、ろうそくの妖しい光が照らしている。
テーブルにはベルベットの布がかけられ、意味ありげな不気味なオブジェがあちらこちらに飾られている。
その様はまさに『ザ・占いの館(必要以上に妖しくしちゃいましたバージョン)』だ。
「い、いらっしゃいませ、えっと……ま、迷える子羊ちゃん」
俺の教えたとおりの接客を行うジネット。ベールを顔の前に垂らした占い師コスチュームを身に纏っている。
「ジネットちゃん……なにごとなの、これは?」
「あ、あのですね。ヤシロさんが、『店の雰囲気を変えれば、新たな顧客も増えるに違いない!』って……」
「アホかぁー! こんな不気味にしたら常連客すら寄りつかなくなるよ!」
叫びながら、エステラが俺のフードを剥ぎ取る。
「はい、みんな! 集合!」
エステラの声に、マグダとロレッタが暗幕の向こうから姿を現す。
二人は、巻きスカートにチューブトップ、そして顔を隠すベールというジプシーの踊り子風の衣装を身に着けている。あらわになったおへそがチャームポイントだ。
「……君たちもノリノリだね」
「……マグダの魅力が大爆発中」
「お兄ちゃんのお手製です!」
エステラが魂のこもったため息を漏らすと同時に、ドアチャイムが再び鳴り響く。
「ふぉっ!? なんッスか、このチャイム……って、なんか店内がめっちゃ暗いッス!?」
ウーマロがエステラと同じような反応を見せる。まったく、代わり映えのしない連中が代わり映えのしないリアクションを取りやがって。
「ぅはぁぁああん!? どうしたッスか、マグダたん!? めっちゃ可愛いッス! 激可愛いッス! え、天使? いや、女神様ッスーっ!」
あ、ウーマロの症状は変化したか。まぁ、変化というか、悪化か。
「ちょうどいいところに来たね、ウーマロ。これ全部撤収しちゃって」
「ちょっと待て、エステラ! 営業妨害をする気か!?」
「こんな不気味な内装にする方が営業に支障出るよ! 『陽だまり』感ゼロじゃないか!」
……確かに。
「じゃあ、『暗黒亭』に名称変更を……」
「それはダメです! 絶対ダメですからね!」
陽だまり亭愛に溢れるジネットにそう言われては反論の余地はない。
かくして、俺が苦労して作り上げた占いの館は、ウーマロの手によって物の数分できれいさっぱり撤去されてしまった。
「……で、結局何がしたかったのさ?」
元通りの姿を取り戻した陽だまり亭で、ビーフカツレツを突きながらエステラが俺をジトッとした目で睨んでいる。
「陽だまり亭に新しい風を吹き込ませようと思ってな」
「風の入る余地なんかなかったじゃないか」
「だって、店に来るのがいっつも同じ連中なんだもんよ」
見渡せば、見飽きた顔が並んでいる。
陽だまり亭のメンバーに、ふくれっ面のエステラ。マグダに夢中なウーマロに、焼き鮭定食とビーフカツレツをおかずにタコスを頬張っているベルティーナ。
「って、いつからそこにいて、どんだけ食ってんだ!?」
「それはですね……もぐもぐ……ヤシロさんが……むっしゃむっしゃ……お話をされている時に……もっちもっち……ジネットが……ちゅるるるん!」
「物を食いながらしゃべるな!」
「もくもく……ばりぼりぼりぼり」
そうして、『食べる』ことに専念するベルティーナ。……つか、何食ってんだよ、「ばりぼり」って。鮭もビーフカツレツもそんな音しねぇよ。
「だいたいねぇ、あんな妖しい内装にしちゃったら、レジーナくらいしか来なくなっちゃうよ?」
「なんやのん? ウチ、悪口言われてるんか?」
「ぅほぅ!? レジーナ!? いつの間に!?」
「赤髪はんが、『大きくするために、ヤシロ、揉んで!』って言ぅてたとこ辺りや」
「言ってないよ、そんなこと!」
置き薬の補充に来たというレジーナ。
その背後から、デリアがにょきっと顔を出す。
「ん? なんだエステラ、お前胸を大きくしたいのか?」
「いや別に、そういうわけじゃ……」
「胸なんか大きくてもいいことないぞ?」
「じゃあちょうだいよ! 分けてよっ!」
「エステラさん、落ち着いてくださいっ」
デリアに飛びかかるエステラをジネットが抱きしめてなだめる。
誰よりも大きなその膨らみに顔を埋めて、エステラが「くぅ~ん」と鼻を鳴らす。……いいなぁ。
そうか! 俺も同じことをすれば!
「デリア! 俺にもくれ! おっぱいちょうだい!」
「「「懺悔しろ!」」」
なんだか、四方八方から怒声が飛んできた。ジネットが言うよりも早く。
ちらりとジネットを見ると、「懺悔してください」と、聞き慣れた言葉を言われてしまった。……あぁ、やっぱり代わり映えがしない。
「だいたい……」
目尻の涙をぬぐって、エステラが再び俺を睨みつける。
「なんで占いなんてやろうとしたのさ? いつも通りの陽だまり亭で十分なのに」
「普段、大工のオッサンばっかりなんだよ、店に来るのが。女子率を上げるためには女子の好きそうなもので釣るのが一番だろ?」
「それで、占いだったんですね。確かに、わたしも占いには興味がありますが」
占いは、あくまで可能性を語るものだから、外れたとしても嘘ではない。そもそも、占いを信じ込んでるヤツは少ない。悩みを誰かに話して前向きになれる助言をもらいたいだけだったりするんだよな、占い好きの女子は。
「そもそもなんッスけど、ヤシロさん、占いなんか出来るんッスか?」
「当然だ」
占いなんてのは、結局話術なのだ。いかにも「当たってる」と思い込ませる技術が物を言う。詐欺師と占い師は似たようなものなのだ。……ただし、真面目な占い師は除く……と、一応言っておこう。
「じゃあ、ウーマロ。試しに見てやろう」
ウーマロを向かいの席へ座らせ、俺は占いを始める。
「ん~…………お前は、重度の病を患っている。病名は『はぁん、マグダ病』だ」
「ヤシロ。それは占いじゃなくて、事実の再確認だよ」
「……エステラさん、さらっと酷いッスね」
さらに俺は占いを続ける。
「ウーマロ、お前は……儲けているんだから、ちゃんと陽だまり亭に利益還元しろ」
「それ、占いじゃなくてヤシロさんの希望……いや、もはや命令ッスよね!?」
「こんな締まりのない顔のくせに金を持っているなんて……ムカつく」
「それは、今のヤシロさんの率直な気持ちじゃないッスか!?」
「ウーマロのバーカ」
「もはやただの悪口ッスよ、それ!?」
俺の占いが気に入らないようで、ウーマロは席を立ってしまう。
「やっぱり、女子でないと占いのよさは分からんか」
「いや、女子でも分からないよ」
エステラから冷ややかな視線が送られてくる。
ふむ……やはりもう少し分かりやすい方が受けはよさそうだな。
それならばと、俺は一枚の紙をテーブルに広げる。
「あの、ヤシロさん。これは?」
「性格判断フローチャートだ」
それは、雑誌などでたまに見かける、質問と矢印がたくさん書かれたアレだ。質問に対し「YES」「NO」、それぞれの矢印を進んでいくことで自分がどんなタイプの人間か分かるのだ。
「面白そうですね。やってみたいです」
「あたいもやりたいぞ!」
「もぐもぐ……では、私も」
「……マグダはすでに始めている」
「ちょっ、フライングはダメですよ、マグダっちょ!? 一緒にやるです」
女子たちの食いつきは上々だ。やっぱ、こういう単純なのがいいんだな。
「あ、ウチは遠慮しとくわ」
「やれや、女子! 一応女子! ギリッギリ女子!」
「酷い言われようやなぁ……こんなにべっぴんやのに」
しぶしぶと、レジーナがフローチャートを覗き込む。
エステラも興味を引かれたらしくそれに続く。
ならば、みんな一斉に始めてみるか。
「それじゃあ、すべての問いに『YES』か『NO』で答えてくれ」
「はい」
ジネットが返事をし、他の連中も理解したと頷く。
「では、第一問! 『Iカップである』」
「「「って、コラ!」」」
「『YES』のヤツは『ジネットTYPE』だ」
「懺悔してくださいっ!」
一問目からばっさりとふるいにかける斬新なシステムなのだが、どうもお気に召さなかったようだ。
「わ、わたしも、『NO』に進みますからねっ! ここでおしまいなんて、なんだか納得出来ないです」
頬をぱんぱんに膨らませて、ジネットが訴えてくる。
正直に答えないと正確な性格診断は出来ないんだがなぁ……まぁ、好きにさせておく。
「じゃあ、第二問! 『抉れている?』」
「そんなんばっかりか!?」
「……これは、性格診断ではなく身体診断」
「胸の大きさでふるい分けられるですかね……?」
にわかにざわつき始めた一同。口々に不満を漏らしている。
「それよりエステラ。お前は『YES』で……」
「『NO』でお願いするよ! 抉れてはいないから!」
まったく……誤差程度の差を細かく気にしやがって。
そんな中、やや不満げな声でデリアが俺を呼ぶ。
「なぁ、ヤシロ。最後まで行ったんだけど、あたい、『ウーマロTYPE』になったぞ?」
「あ、残念だな。ハズレだ」
「ハズレってなんッスか!? というか、性格診断にハズレっておかしいッスよ!?」
「……マグダも、『ウーマロTYPE』になった」
「むはぁあっ! マグダたんがオイラとお揃いにっ!? 感激ッス!」
「……ただし、『夕暮れ時のアンニュイなウーマロTYPE』」
「バリエーションあるッスか!?」
「あたしは、『おっぱいに目覚めたウーマロTYPE』だったです」
「オイラ、何パターンあるッスか!? 多過ぎッスよ!」
「ウチは、『ヤシロと結ばれた恋するウーマロTYPE』……」
「そんなものまであるッスか!?」
「……が、よかったんやけどなぁ」
「ないんッスか!?」
「あるわけねぇだろ。俺がそんな気色の悪いもん作るか!」
アホのレジーナに簡単に騙されるもっとアホのウーマロをあしらっていると、ベルティーナが困惑気味な表情で俺の肩を叩く。
「ヤシロさん。私は、『あせもになってみたいエステラTYPE』になったのですが?」
「お、レアものが出たか! 大アタリだな。おめでとう!」
「……よし、ヤシロ。説明はいいから、歯を食いしばってくれるかい?」
それぞれがそれぞれに性格診断を終えていく。……なんかまとまりないなぁ。
「ジネット、お前は終わったか?」
「いえ、まだ途中です。わたし、読むのが遅くて……」
「ボクも途中だよ。みんなが群がるから、全然読めなくってさぁ」
「じゃあお前らは、俺自らが質問をしてやろう。紙を寄越せ!」
まだ途中だというジネットとエステラを残して、俺は性格診断の紙を奪い取る。
やはり、せっかくやるのであればエンターテイメント性も欲しいところだ。
「それじゃあ行くぞ。『YES』か『NO』で答えるように。では、第一問。『美味しいご飯が好きだ』」
「『YES』!」
「『YES』です」
二人の声が揃う。若干、言葉遣いは違うが。
仲のいいこった。……だが。
「まだ質問の途中だ。最後までちゃんと聞け」
「なんだよ、紛らわしいなぁ」
「では、質問の続きをお願いします」
「第一問。『美味しいご飯が好きだ……異性として』」
「そんなわけないだろう!?」
「それなら、『NO』ですね」
「おぉ、よかったな。お前ら、今の質問で『稀代の変わり者ルート』から外れたぞ」
「……そんなルートを用意しないでくれるかな?」
がくりと肩を落とすエステラを尻目に、俺は次の質問を投げかける。
「『三度の飯よりおっぱいが好きだ』」
「真面目な質問はないのかな!?」
「バカモノ! 真面目に質問してんだよ!」
「それに『YES』と答えるのは君だけだよ!」
「えっと、真面目な質問であるなら、わたしは『NO』ですね」
「ボクも『NO』だよ」
「じゃあ、『朝食と比べるとおっぱいの方が好きだ』」
「刻んでこないでくれるかな!? 相手が一食なら勝てるとかないから!」
こいつらはおっぱいよりも飯を選ぶ人種らしい。食い意地の張った連中だ。
「じゃあ、次。『カツ丼はデザートだ』」
「『NO』です!」
「『NO』だよ!」
「『YES』です」
ただ一人、関係のないベルティーナだけが『YES』と答える。満面の笑みで。
「ねぇ、ヤシロ。もうちょっと考える余地がある質問にしてくれるかな?」
「しょうがねぇなぁ……『何かを抱っこしていると眠りやすい』」
「『YES』だね」
「わたしも『YES』です」
「『寝起きはいい方だ』」
「『YES』!」
「『YES』です」
「『一人の時間より、みんなといる時間の方が好きだ』」
「『YES』かな」
「これも『YES』です。……ふふ」
突然笑い始めたジネットに、エステラがきょとんとした目を向ける。
「あ、すみません。なんだかずっと、エステラさんと答えが一緒だなと思いまして」
「あ、本当だね」
「仲良しで、嬉しいです」
「うん。ボクも」
えへへと笑い合う二人。
まるでコンビのようだ。
「じゃあ、次の質問な。『もう少しおっぱいを大きくしたい』」
「『YES』!」
「あ……の、『NO』……です」
「はぅ…………っ」
心臓を押さえながら、エステラが床へとくずおれる。四肢を突いてがっくりとうな垂れる。
「……ここに来て、意見が分かれた」
「え、えっと、あのっ、で、では、わたしも『YES』で!」
「それ以上!?」
「いえ、あのっ…………ど、どうすればいいんでしょうか、わたしは!?」
エステラを励まそうと口にした言葉がさらにエステラを追い込んでしまい、てんやわんやのジネット。……ジネット。他人は所詮他人……分かり合うなんてことは不可能なんだよ、その乳格差ではな!
「というわけで、ぺったんこで悩んでいるエステラは『エステラTYPE』だ!」
「その診断納得いかないなぁ!? 悩んでる人はみんなボクTYPEになるのかい!?」
「同類だろう?」
「『性格診断』だよね、コレ!?」
「そうカリカリするなよ。……ったく、胸の薄いヤツだな」
「『心が狭い』って言ってくれるかな!? ……誰の心が狭いかっ!」
ぷんぷんと怒って拳を振り回す。本当にエステラはからかい甲斐のあるヤツだ。
コロコロ表情が変わって実に面白い。
「もう、ヤシロさん。あんまりからかったら可哀想ですよ」
「あぁ、ジネット。ちなみにお前は『くしゃみが出そうで出なかった時のウーマロTYPE』だ」
「さっきの質問に『NO』と答えてオイラになるのはどう考えてもおかしいッスよ!?」
なんだか、あちらこちらから不平不満が漏れ聞こえてくる。まったく、クレーマーだらけか、この店は。
「とにかく、作り直しを要求するよ。もっとちゃんと性格診断が出来るヤツをね!」
「性格診断自体は気に入ったんだな、エステラ?」
「ま、まぁ、ちゃんとしてれば楽しそうだからね」
てへっと舌を覗かせて照れたように笑う。こいつも女子なんだな、やっぱり。
「……これが完成すれば、きっと新たな顧客層が増えるはず」
「そうですね。噂になれば、きっと女子たちが押し寄せてくるです」
「おっぱい率が上がってウッハウハやな、自分」
「あ。あたいも遊びに来てやるぞ!」
「では私は、食べに来ます」
口々にそんなことを言う。どいつもこいつも楽しそうな顔だ。
まぁ、方向性は悪くないのだろう。
しかし、正直なところ、こんなことで新規顧客がやって来るとは思えないけどな。所詮は占いにも満たないただの遊びだ。こんなもんで客足が増えるなら苦労はない。
だが、そんな俺の思いを、ジネットがあっさりと否定する。
「きっと、新しいお客さんが来てくださいますよ」
何を根拠に言っているのか、やけに自信たっぷりだ。
「願いは、強く思うこと、そして、行動することで叶うのだといいます。また、笑う門には福来るともいいます。ですから――」
胸の前で両手を合わせ、つぼみがほころぶように柔らかい笑みを浮かべる。
「――みなさんを楽しませようと、いつも素敵な時間を作ってくださるヤシロさんの願いは、きっとそう遠くないうちに叶うと思います」
よくもまぁ、そんな言葉を恥ずかしげもなく口に出来るものだ。
……聞いてるこっちが恥ずかしくなってくるっつの。
「じゃあ、お願いをしておこうかなぁ。『おっぱいが見たい、揉みたい、挟まれた~い!』」
「……くすっ」
いつものように「懺悔してください」とでも言ってもらおうと思ったのに、ジネットはくすくすと口元を隠して肩を震わせる。……なんだよ。いつもと反応が違うじゃねぇかよ。
「ヤシロさんは、本当に可愛いです」
陽だまりのように眩しい笑みを浮かべてそんなことを言う。
なんだ? 「お前の方が可愛いだろうが」とか言えばいいのか? 言えるか、そんなこと!
ふいっと顔を背けると……周りにいるヤツ全員がにやにやしてやがった。
……いつからここは『半笑い喫茶』に変わったんだ? 需要ねぇぞ、そんなもん。
「ふん」と、鼻を鳴らして、俺は性格診断フローチャートの修正を始める。
もう少しシンプルで分かりやすく、随所でウーマロいじりが出来るものへと……
――と、その時、食堂のドアが開かれる。
もし、誰かの願いが叶ったのだというのなら、それはこの瞬間だったのかもしれない。
「……あっ」
店にやって来たそいつは、店内を見るや小さな声を漏らした。
食堂内にいた全員の目が、新たな来訪者へと向けられる。
一斉に視線を向けられて、来訪者が表情を強張らせる。
「えっと……」
強張った表情のまま、来訪者は俺たちをぐるりと見渡す。
……なんだ、違和感がある…………こいつ、何かが…………
「あっ」
今度は俺が声を漏らす番だった。
しかしそれは仕方のないことだった。なぜなら……
その来訪者が手に持っていたのは――小説?
表紙には胸の大きな女と、目つきの悪い男が背中合わせで立っているイラストが描かれている…………ライトノベルってやつか…………え? ライトノベルっ!?
よく観察してみると……あいつ、服装がどことなく日本の……
「ヤシロさん」
不意に名を呼ばれ、振り返ると満面の笑みを浮かべたジネットと、にやりとほくそ笑んだエステラがすぐ目の前に立っていた。
「ヤシロさんの願いが叶いましたね」
「待望の、ご新規さんだよ」
こいつらは、この客を呼び寄せたのは俺だと言いたいようだ。
偶然だろ、どう考えても。
しかも、エステラに至っては、どこまでも俺をからかうつもりらしい。
「さぁ、全身全霊でお出迎えをしておいでよ」
「はぁ? なんで俺が」
「君が待ち望んでいたご新規さんじゃないか。君が接客するのが筋というものだよ」
なんの筋だ、そいつは。言いがかりじゃねぇか。
「ではヤシロさん。わたしと一緒にお出迎えしましょう」
「いや、ちょっ……ジネット!」
俺の腕を引き、ジネットが来訪者の前へと駆けていく。
必然的に、俺もそいつの前へと引っ張り出される。
いまだ目を丸くして、まるで信じられないものを目の当たりにしているかのような表情を見せる来訪者。
脇腹を突かれ視線を向けると、ジネットがにっこりとこちらを見ていた。……スマイルのお手本ですとでも言いたげに。
……こういうのはマグダとかロレッタの仕事なんだけどなぁ…………しゃーねぇい。接客してやるか。
「……らっしゃっせー」
「それじゃダメですよ、ヤシロさん」
面倒くささがダダ漏れな挨拶を、ジネットに指摘される。
まぁ、俺も逆の立場ならげんこつで鼻の下のくぼみの部分を殴っているところではあるが……笑顔とか…………なんで俺が。
「ヤシロさん。陽だまり亭のいいところは、『パイオツカイデー』ですよ」
「ごふっ!」
……いや、その意見には激しく賛成ではあるのだが…………分かったよ。
笑顔だろ、笑顔。『笑顔が素敵』!
こうなったら、詐欺師の実力を見せつけてやる!
人間不信に陥って何十年も他人を拒絶し続けた人間嫌いな頑固ジジイですらもコロッと騙してしまうような完全無欠の営業スマイルをお見舞いしてやる。
せいぜい刮目しやがれっ!
「にっこり!」
「おぉ!? ヤシロが素敵な笑顔を!?」
「……まぶしい」
「お兄ちゃん、別人みたいです!?」
「本当ッス! まるでいい人みたいッス!」
……言いたい放題だな、あいつら。あとで覚えてろ。
俺の営業スマイルに観衆どもが身を寄せ合う中、ただ一人、ジネットだけが満足げな笑みを浮かべている。
「ヤシロさん。とってもパイオツカイデーですよ」
お前がなっ!
「では、ご一緒に」
ジネットに促され、改めて来訪者へと向き直る。
来訪者は幾分落ち着きを取り戻しつつも、俺たちのやりとりを見て今度はやや興奮気味に瞳を輝かせていた。
「凄い、本物だ……」
そんな意味深な呟きを漏らす来訪者に向かって、ジネットは本心からの笑みを、俺はとびきりの営業スマイルを向ける。
そして、お客様を迎え入れるように片腕を伸ばして、いつものあのセリフを口にする。
「「ようこそ、陽だまり亭へ!」」
願いは、強く思うこと、そして、行動することで叶う――
果たして、誰の願いが叶ったんだろうな。
『異世界詐欺師のなんちゃって経営術』4巻 発売記念全プレSS 宮地拓海 @takumi-m
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