第17話「休日(後編)」

地上に降りると辺りはすっかり暗くなっていた。


それにしてもまさか観覧車で人生最大の恐怖体験をするとは思わなかった。

それはきっとなゆたも同じだろう。


「アイス...」


「え?」


「アイス食べたい...」


「アイス?」


「さっき言ってたじゃん...、アイス買ってくれるって...」


あぁ、意識が朦朧としすぎて忘れていた。

そういえばそんことを言っていたっけ俺。


「ソフトクリームのバニラがいい...。入り口で売ってたやつ」


「分かった、買ってくる。そこのベンチで待っててくれ」


まだ意識が朦朧としている。

なゆたも俺も口だけが動いているような会話だった。


俺はソフトクリームを二つほど買ってなゆたの待つベンチへ戻った。

なゆたのは頼まれた通りバニラ、俺のはバニラとチョコを混ぜたミックスだ。


「はい、買ってきたぞ」


「ありがと...」


なゆたはまだ意識がどこかへ飛んでいるような感じだ。


「おいしい...」


一口頬張ってなゆたが言う。


「そりゃよかった」


「それなに...?」


「これか?チョコとバニラのミックスだよ」


「そんなのあるんだぁ、へぇー」


「知らなかったのか?」


「うん、一口ちょうだい」


そう言ってなゆたは有無を言わさず、いきなり俺のミックスソフトを一口ペロッと舐めてきた。


「おい、おま...」


「うん、おいしい...。今度からそっちにする...」


「お前...。まだ寝ぼけてるだろ?」


「え?何が...?」


ダメだ。まだ目も半分うつろだし、絶対さっきので意識がどこかへ行ってしまっている。

さっきのは少し動揺したが、この状態では5分後にでも自分が何をしていたかなんてきっと覚えていないだろう。

ご愁傷さまです。


俺たちは会話もそこそこにソフトクリームを食べ終わると、閉園まであと30分だという衝撃の事実を知らされる。


いったいどれだけの時間あそこに閉じ込められていたのだろう。

いっそこれを機会に閉所恐怖症も発症してしまいそうだ。


「なんか...ごめんな、結局ほとんど乗り物も乗れなくて...」


「何言ってるの。別に翔が悪いわけじゃないでしょ?」


「いや、でも...」


「私がいいって言ってるんだからいいの。それに、こーゆーのもたぶん後で良い思い出になるんじゃない?思い返した時にあの時はやばかったねー、て」


少しずつなゆたに元気が戻ったように見える。

今日の事はいろいろと申し訳なかったが、それでもなゆたに少しでも喜んでもらえたならなによりだ。


「それに...」


「それに?」


「翔のこと、ちょっと見直した...かなぁー?」


「見直した...かなぁ?」


恥ずかしそうに下を向くなゆた。

でた。こいつお得意のツンデレモードだ!


「うん、観覧車の時。守ってくれたでしょ...?」


「あ、あぁ。それの事な。あ、当たり前じゃないか!」


「ふふふ」


「なんで笑うんだよ」


なゆたが俺を見て楽しそうに笑う。


「私がしがみついてた翔の肩、けっこー震えてたよ?」


「うっ」


もしかしてとは思っていたが、やはり伝わっていたか。

男としてとても情けない。


「翔もけっこー怖かったんでしょ?知ってたよ」


「いや、そーゆーわけじゃ...。武者震いだよ、武者震い」


どーゆー言い訳だよ、俺よ。


「ははは」


「笑うなって」


恥ずかしい事この上ないが、とても楽しそうに笑ってるなゆたを見るのは悪くないな。


「とりあえず今日はありがと、翔。遊園地、すごく楽しかったわ」


「お、おう」


こいつ、なんかここ何日かで人が変わったな。

別の人格でも中に潜めているのか...?デレの比率が若干増えてるような...?


「まぁ、楽しんでくれたなら何よりだ」


「うん」


「じゃあ、そろそろ時間だし帰るか」


いろいろあったがなんだかんだ俺も楽しかった気はする。

そんな事を思いながら俺は出入り口になっているゲートへ歩き出した。

すると、


「あ」


「どうした?」


「そういえば一つ気になることが」


「気になること?」


「うん、あの人」


「あの人?」


なゆたが急に俺の後方を指さす。

すると俺が振り返ると同時に、「さっ」と何かが物陰に隠れた。

一体...


「おーい、出てきなさーい」


なゆたが物陰に潜む何かに呼びかける。

すると、「それ」は現れた。


「バレてしまっては仕方がないわね...」


どこかで聞いたことあるような声。

サングラスに防止にマスクといういかにも不審者な格好のせいで容姿まではっきり確認はできないが、聞き覚えのある声でだいたい想像はつく。


「ごきげんよう、天田くん」


「お、おい...、何でお前がここに...」


変装ともとれる装いを解いて現れたのは、学級院長兼ストーカーで知られる白鳥レイナであった。


「お前、また俺をストーキングして...」


「違うわ、尾行をしていただけよ。そのことについては謝るわ。ごめんなさい」


だからそれをストーカーと言うのだ白鳥、いいかげん学んでくれ。


「なに?また翔の友達?」


「あぁ、俺のクラスの学級委員で敏腕ストーk...」


「ストーカーじゃないわ。いい加減にして」


「お前こそいい加減にしろ?」


「ごめんなさい。でも天田くん、あなたも私に黙っていたことがあるわよね?」


「黙ってたこと?」


「そうよ、その子」


「な、なゆたがどうしたんだよ」


「妹さんじゃないわね」


「い、妹だって!」


「嘘よ。『座敷童』、はっきりそう言ったものね」


「いや、それは...」


お前一日中俺たちのこと尾行してたのかよ!

むしろその根気強さを称えたいぞ。

是非とも別の事に活かせ!


俺が困惑しているとなゆたが口を開いた。



「そうよ、私は座敷童。なんか文句ある?」



おいおいおい、だからわざわざお前は火に油を注ぐんじゃない。



「やっぱり。最近天田くんに纏わりついてた邪気はあなたが原因だったのね。確かにこうして目の前にするとあなたからは異界の臭いがぷんぷんするわ。とても放っておくわけにはいかないわね」


「なによ!文句があるならはっきり言いなさい!!」


「おいおいおい、やめてくれって。二人ともいったん落ち着いて...」


「天田くん、こんなものと関わる事はとてもオススメできないわ。下手をすればあなたは不幸になる」


「何が不幸よ!座敷童は幸せを呼び寄せる象徴なの!」



まずい。


実にまずい。


いよいよ収拾のつかないことになってきた。

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