第14話「最後の一人」

なずなが唯一声をかけなかった人物とは一体誰なのだろうか。


欠席していた人間とかそーゆーことだろうか。


「休んでた人ってこと?」


「ううん、そうじゃなくて...」


はて、なずなが苦手としている人間などいただろうか。


その刹那。


「藤堂さん」


「はぃ!」


液体窒素のような声。


なずなが一瞬で凍り付いた。


いましがた『ラボ』に入ってきたのはそう、他の誰でもないなずなの最大の天敵、「白鳥レイナ」だ。


なぜ白鳥がこんなところに。


「あなたがこんなサークルを勝手に立ち上げていたなんて、知らなかったわ」


「へへへ...、はい...」


急になずなの口数が少なくなった。

そうか、なずなが唯一声をかけなかったのはこの白鳥レイナか。

それなら納得だ。

クールで冷徹なイメージの学級委員長の白鳥なら当然こんなサークルに入るわけがない。負け試合もはなはだしい。


「ごめんなさい...、もう解散しますんで...」


意外だった。

あれだけこの『ラボ』に、オカルト研究会の活動にこだわっていたなずなが、白鳥を目の前にして急にファイティングポーズをとるのをやめた。

さすがに白鳥を前にしては諦めるしかなかったのだろう。

今の俺にはなずなが草原でライオンに睨まれるうさぎにしか見えなくなった。


「なんで言ってくれなかったの」


「え?」


全員が声を合わせて感嘆詞を漏らした。


「私、前からこういうものに興味があったの。UFOとか幽霊とか妖怪とか...。それなのに...なんで私に言ってくれなかったの?」


嘘だろ白鳥。

全員がキョトンとした表情をしてしまっているぞ。


「え...、そうなの?白鳥さん?」


「レイナでいいわ」


「分かった、レイナたん」


おいおい、なずな。急にその呼び方はだいぶギャンブルだぞ。


「レイナたんはこーゆーことに興味あるの?」


「えぇ、大いにあるわ...。だから...入部を希望するわ」



時刻は15:58。


なんということだろう。

奇跡の大逆転劇。

まさかあの白鳥レイナが最後の一人の部員としてオカルト研究会に仲間入りするなんて。

ほんとにこいつは見た目に反して何を考えているのかが全く予想できない。

不思議なやつだ。



締め切りギリギリの15:59に俺たちは入部届を記入し、16:00ちょうどになると仙田紀夫に5人分の入部届を提出した。


これにてオカルト研究会は解散の危機を免れた。


5人分の入部届を受け取ると仙田紀夫は職員室へと帰っていった。


「やったぁー!オカルト研究会存続!ありがとぉーみんな!」


なずなが嬉しそうにはしゃぐ。


それを見て竜ケ崎は静かにうなずいて拍手をしている。

トオルはもう眠そうだ。

白鳥は表情一つ変えない。


「てことで存続を記念してさっそく明日みんなで一度活動してみましょー!」


「え?」



急に言われてもみんな困ると思うぞ。


「はい!ぜひとも!」


竜ケ崎は当然乗り気だ。


「おう」


トオルもなぜか乗り気だ。まだオカルトでモテるとでも思ってるのだろうか。


「かけるんとレイナたんは?」



なぜか無言で白鳥が俺を見つめてくる。

一体どういうことだろう。

俺の答え次第で返答を変えようとしているのか?


「ごめん、明日は大事な用事があって」


「そっかぁー、それは残念!まぁ、急に言っても無理だよねー、ごめんね!」


「ごめんなさい、私も明日は用事があって」


続いて白鳥も断りを入れた。


「そっかぁー、レイナたんもなんか急にごめんね!」


再び白鳥が静かに俺に視線を向けてきた。

一体どーゆー意味なのだろう。


「ごめんなさい、藤堂さん。私今日は早く帰らないといけないの」


「了解!こんな時間までごめんね!レイナたん!」


「俺も、そろそろ帰らないと」


明日の事もあるし俺もここで失礼することにした。


「じゃあお二人はここまでということで!また月曜日ねー!さぁ、残ったトオルんと竜ケ崎君は明日の打ち合わせをしましょー!」


どこまでも「天真爛漫」という言葉が似合うやつだ。


明日の活動とやらに参加しない俺と白鳥は3人を残して一足早く帰宅することに。駐輪場を目指して階段を一段ずつ降り始めた。


それにしても白鳥がオカルトなんかに興味があるなんて思わなんだ。



「まさか白鳥がオカルトの類いに興味があるなんて思わなかったよ」



俺は思っていたことをそのまま白鳥に投げかけた。



「まさか。興味なんてあるわけないじゃない、あんなもの」


「は?」



思いもよらない返事が返ってきた。


「オカルトに興味なんて無いわ。すべてはあなたを監視するためよ」


「なんだよそれ...」


相変わらずのストーカー癖だ。


「正直、最近のあなたから感じるよくない気はどんどん強くなっていってる気がするの。何か心当たりは?」


「ないね」


「家で幽霊を見たり金縛りにあったりすることは?」


「ないよ。普通に毎日過ごしてる」


「そう...でも、あなたに取りつき始めた邪気はどんどんあなたとの親密さを増していってるわ。何か霊的なものと遭遇しても絶対に関係を深めてはダメよ」


「分かってるって」



やっぱりあいつとのことなのだろうか。



「これ、渡しておく」


「何だよこれ」


薄い紙に何か書かれている。

御札ってやつだ。


「それとこれ」


「おいおい」


塩だ。しかも市販の。料理とかに使うちょうどいいビンに入ったやつ。


「盛り塩は効果的よ」


「気持ちはわかった...。ありがたく受け取っておくよ...」


変わってるしお節介なのがこの白鳥レイナなのだが、俺の事を心配してくれてのことなので全てありがたく受け取っておくことにした。

塩に「味塩」と表記されていたことは気がかりだが。


そうこうしているうちに駐輪場に着いた。


「ありがと、白鳥。いろいろ用意してもらって」


「いいのよ。それに、できることなら早く引っ越した方がいいと思うわ。検討してみて」


「うん、わかった」


内心お前が思うような悪い存在でもないと思うぞ、アイツは。


「それから、明日は一体なんの用事なの?」


「え?」



なにをいきなり。


「いや、別に妹と出かけようと思ってて...」


「妹さんと...?」


なんだよその疑うような目は。


俺も思わず動揺してしまう。


「な、なんだよ....」


「いえ、別に。あなたこそ何か動揺していない?妹さんと何かあった?」


「うっ...」


ない。断じてない。

一緒にお風呂に入ろうなんて言われはしたが、断じて何もしていない。

俺は完全潔白だ。


「だから何も無いって...」


「そう、それならいいけど」


どこまでも疑い深い奴だ。


「それじゃあ、また明日な」


俺はさっさと切り上げて帰りたかった。


「待って」


「なんだよ」


「妹さんとどこに行くの」


「どこでもいいだろ...。遊園地だよ...」


恥ずかしながら言ってしまった。


「そう。お幸せに」


「おう」


お幸せに?


その会話を最後に俺と白鳥は反対方向の帰路に着いた。



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「ただいまー」


お帰りの返事はない。


なぜならなゆたは最近やり始めたゲームに夢中だからだ。

FPS(ファーストパーソナルシューティングゲーム)ってやつだ。


「こいつ...ほんと使えないわね」


「口が悪いぞ」


家に幸福をもたらす座敷童なんて言ってもこう見れば無限に夏休みを満喫するだけのただの小学生だ。


「夕飯作るぞ」


「はーい」


飯にだけは反応するんだな。


「あ!死んだ!んもぉー」


「うるさいぞ」


「あームカつく!」


諦めてコントローラーを床に置くなゆた。


すると。


「ん?なにそれ」


「え?」



しまった。

床に置いた開けっ放しのカバンから白鳥から貰った御札が見えている。


「いや、これは....」


「翔...、もしかして」


「いや、そのー、これは...」


「私のために...?」


「へ?」


「やっぱり昨日の映画見ちゃってからなんか一人で家にいるのが怖かったのよねー、こーゆーのだけでもあるとなんか安心する...。」


ん?


「ありがと、翔。私のために」


「え?あぁ、そうだよ」


必死に取り繕うのがやっとだった。

なゆたはそのまま家の壁に御札を張り付けた。


「よし!これで安心!」


「お前は、そーゆーのに触っても大事なのか?」


「え?なにが」


「いや、だから」


「全然。私たちからしたらこんなのただの紙切れよ?」


一体どーゆー意味だろう。

自分はむしろ神様的な存在だと言いたいのだろうか。


思いもよらない展開だった。

残念だったな白鳥。こいつには御札やらそーゆー類いは効かないらしい。

それからお前から貰った「味塩」は夕飯の調味料にして美味しくいただいた。

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