第12話「バスルームトラベル」

「あのね...。一緒に...、お風呂に...入って欲しいの...」


(ん?)



「お願い...」




(???)



「ぐすん...」




(ぐすん???)


ぐすんという言葉を発するやつを初めて見た。



「は?」


「だから...、お風呂...」



(What's?)



「お風呂ってあのお風呂...?」



「そう、あのお風呂」



動揺のあまり異次元の会話をしてしまった。



「なぜ」


精一杯の疑問をなげかけた。


「だって...」



(だって...?)





「あんな怖いの見た後で一人でお風呂なんか入れるわけないじゃん!!」



「へ?」



「さっきね、さっきね!すっごい怖いテレビやってたの!呪いのVHSなるものがあってね...それを見た人は一週間以内に絶対に死ぬんだって...。それで最後にはね、テレビから髪の長い女の人が出てきて...。もうダメ。思い返しただけで鳥肌が...」


なんやそれ。


「あんなの見ちゃったら一人でお風呂なんて入れるわけない...」


なんだそれ。そんな理由で俺の心臓のBPMを無駄遣いさせたのか。


300年生きててもマジで中身はただの子供なんだな...。



「お前...ガキか...?」


おもわず漏れてしまった。


「ひどい!ほんとに怖かったんだからね!あんなのがもし現実に現れるかもしれないと思ったら...」


いやお前もその類いの存在だろ...。


「だからって一緒にお風呂に入れってバカかお前...」


「バカじゃないし」


「大人しく一人で入りがやれよ」


「ムリ」


「ガキか」


「それ言うな!」


「うっ」


急にボディーブローをかましてきやがった。


もっとも、パンチの重さは小学2年生のそれなのだが。



「分かったよ...、じゃあ入るのは無理だけど外で待っててやるから」


「ほんとに?」


急に上目遣いで困ったように首をかしげるな。少しかわいい。


「ほんとだよ」


「やったー」


満面の笑みだ。


ほんとこいつは...




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夕食を二人で食べ終え、しばしばテレビも見飽きたころ、その時が来た。


「ここで待ってて」


「はいはい」


なゆたが着替える間台所で待たされることになった。

ここから風呂場は死角になって見えない。

風呂場の方からキュルキュルと着物の着付けをほどく音がする。


「そこで待っててね!」


「はいはい」


なんてめんどくさいやつだ。

それにしても毎日着物を脱いだり着たりなんて大変だな。


「着物って大変じゃないか?」


「全然。むしろ慣れてるから」


「ふーん」


「ねぇ、もしかして今...」


「ん?」


「私の裸想像した...?」


「してねぇーわ!」


「絶対した!!」


「してねぇーって!ガキの裸なんか興味あるかよ!」


「うっ」


そこから返事は途絶えた。

また再び着物を脱ぐ音だけが風呂場の方から聞こえていた。


断じて言うが俺はロリコンじゃない。絶対に。

なぜ一瞬白鳥の顔が浮かんでしまったんだ俺よ。


着物を脱ぐ音が止み、お風呂場の扉を開閉する音がした。


「いいよぉー」


お風呂場に反響しながらこもったようななゆたの声。


「おう」


俺はそれを合図に、風呂場の前まで移動し、背を向けるようにして扉の前に座った。


洗濯機の上には綺麗に畳まれた着物が置いてある。


「はぁー」


思わずため息が出た。ほんとに手間のかかるやつだ。


これから何分ここに拘束されるのだろう。


無課金で頑張ってるスマホゲームアプリでもやるか。


「ねぇー」


「なんだ」


「いるー?」


「いるよ」


「ほんとにー?」


「いるだろここに...」


どんだけ怖がりなんだこいつ。


「頭洗うよ?」


「好きにしろ」


いちいち許可を取るな。


「きゃ!」


「どうした!」


思わず振り返ったが中の様子はぼんやりとしか分からない。


「シャンプーが...ない」


「驚かせるなよ...。あぁ、ごめん確かにもう少なかったな」


「替え持ってきて!」


「分かった、買ってくる」


「待って、ダメ!」


「替えがないんだよ、買ってくるわ」


「シャンプーもういいから!ここにいて!」


「はいはい」


なんとなくこうなることは分かっていた。


「ねぇ!」


「なんだよ」


「リンスもないんだけど!」


「あーごめん、リンスなら替えあるぞ」


「早く持ってきて!」


「はいはい」


ほんと世話の焼けるやつだな。

俺は買っておいたリンスの詰め替え用を持ってお風呂場に戻った。


「おーい、持ってきたぞー」


「渡して」


「はいはい」


俺はうっかり幼女の裸を見るなんてことがないように風呂場とは反対方向に顔を向けながら最小限に扉を開けてそこからリンスを差し出した。


「絶対見ないでよね」


「見ねぇーって」


なゆたがリンスを受け取ると、俺はそっと手を引いて扉を閉めた。


「ありがと」


「どういたしまして」


こいつもちゃんとお礼くらい言えるんだな。感心した。


リンスの詰め替え作業らしき音が止んだ。

続いてキュッキュッ、とほとんど残ってないシャンプーをまず絞り出す音とシャカシャカと頭を洗う音が聞こえる。

往生際の悪い奴だ。リンスだけで我慢したらどうだ。


「お前向こうの世界ではどうしてたんだよ?シャンプーとかリンスってあんのか?」


「え?て...痛ぁぁぁぁ!」


「おい、大丈夫か...?」


「目に入ったじゃん!急に話かけんなー!」


「おぉ、ごめんごめん悪かったよ...」


「んもぉー!」


いちいちうるさいやつだ。


「あるわよ、リンスとシャンプーくらい。当たり前じゃない」


いやお前の世界の常識とか何一つ知らんし。


「特に人間界のは品質も良いからよく重宝してたわ」


「ふーん」


政府は俺たちの知らないところで異世界とも貿易結んでたのか。

世の中にはまだまだ知らないことがいっぱいだ。

て、なんじゃそりゃ。


「それで?向こうではパパとママと一緒に入ってたのか?」


「だからガキ扱いするなし!」


俺もずいぶんと嫌みを言うのが上手くなったもんだ。


「いないわよ、パパとママなんて」


「え?」


「生まれた時からいないの。二人とも。どこでなにしてるかも知らない。もうこの世にいないかもね」


「・・・」



最悪だ。

最近はこいつイジるのが少し楽しくなっていた部分は否めない。

しかしながら墓穴を掘った。

こいつが「両親」と言うものを知らずに育ったなんてそんな生い立ちまでは知らなかった。


「そうか...」


「うん」



しばらく、なゆたが髪を洗う音だけが続いた。

シャワーの音だけが続いた。

こーゆー空気は苦手だ。



俺は次に言うべき言葉をひたすら探していた。

いや、本当は何も言いたくなかったのかも。

頭の中で何か言うための思考はこらしていますよと自分に言い訳したかっただけかも。


「なんで急に黙るのよ」


「いや、別に」


何故急に虚勢を張るんだ俺。


「私にとっては生まれた時からこれが「フツー」だし、哀しいとかそーゆーの全く無いから。むしろ勝手にかわいそうな奴とか思われることの方がムカつく」


「そっか」


「そうですよー」


いつも通りの明るい声色だ。

本人の言う通り、特に無理をしているとかそーゆーことは無さそうだ。


「よし!」


「ん?」


「出るから早くそこどいて!」


「お、おう」


近くにいろだの、早くどけだの無茶苦茶なやつだな。


「バスタオルおいとくぞ」


「うん」


「あとパジャマ」


「いいから早くどいて」


バスタオルとパジャマを残して俺は居間に戻った。

つけっぱなしだったテレビでは最近売れ出した芸人がネタを披露していたがなんか笑えなかった。


しばらくして風呂上がりの座敷童がパジャマ姿で居間に入ってきた。


「あ、この芸人好き」


無邪気なこの座敷童は居間に入ってくるなり、濡れたおかっぱ頭もそのままに、テレビの前に体育座りしてそのまま番組に夢中になった。


「ふふふふ」


好きな芸人のネタをみてこれまた無邪気に微笑んでいる。


ホントにただの小学生だな、お前は。


「仕方ねぇーな...」


「ふふふ...、えっちょっ」


「じっとしてろ」


俺はドライヤーを持ってなゆたの後ろに座り、そのまま髪を乾かしてやった。


「え、なに急に...、べ、別に自分で出来るし...」


「いいからいいから」


急になゆたの頬が赤くなる。

ほんとに分かりやすいツンデレだなこいつ。


正直自分でもらしくないのは分かってる。

なんで急にこんなことしてんのかもよく分からん。


「自分で出来るし...」


うつむきながらなゆたが呟く。

またガキ扱いされてるとでも思ってるのだろうか。


「分かってるから。ほら、お前この芸人好きなんだろ?」


「うん」


小さくうなずいた後、なゆたは再びテレビに夢中になった。


なんというか。

こいつがほんとに生まれた時から両親がいないというのなら。

生まれた時からずっと一人で過ごしてきたというのなら。

ただのひと時くらい、誰かに髪を乾かされる事があってもいいんじゃなかろうか。

「家族」ってものをなんとなくでも、少しでも分かってもいんじゃないだろうか。

そんな事を思ってしまったのであった。



らしくない。やめやめ。







「ありがと...翔(かける)」


「え」


おいおい嘘だろ。


今まで頑なに俺の名前なんて呼ぼうとしなかったのに、

感謝の意まで添えて俺の名前をはっきり呼んできやがった。



「え?ドライヤーの音で聞こえなかった」


「もう言わない」


恥ずかしさからか、イジワルな気持ちからか、ついつい聞こえないふりをしてしまった。


なゆたはムスッとしたような、でも嬉しそうな顔をした。



「もう一回言ってみてよ」


「やだ!」


またムスッとした表情。

こいつのこーゆーところはどうも嫌いになれそうにない。


だからこそついつい俺もイジワルをしてしまう。


だが残念だったななゆた。さっきの言葉はちゃんと聞こえてたし当分忘れることもないだろう。諦めろ。



俺はなゆたの髪を乾かしながらこの生活も悪くないかもな、なんてことを気付いたら心のどこかで思っていた。


「あー、面白かった」


目当ての芸人の出番は終わったらしい。


「なぁ、なゆた」


「なに」


「どっか行きたいところとか...あるか?」


「え、なに急に」


またまた俺らしくない質問だった。


「いや、ほら。ずっとに家にいてもつまんないだろ?だから、そのー、たまにはどっか行こうかなぁーなんて...」


「行きたいところ...、んー」


人差し指を顎のあたりに当てて悩ましい表情をするなゆた。

無意識だろうが中々あざとい。


「遊園地...」


「遊園地?」


「うん...遊園地。行ってみたい!」


とても俺らしくない質問から返ってきたのは、とてもなゆたらしい答えだった。


「遊園地かぁ。分かった、遊園地な。今度の週末にでも行くか」


「うん!やったー!」



また無邪気に満面の笑みを見せるなゆた。

妹がいたらこんな感じだったのだろうか。一人っ子の俺には兄弟というものがいたことがないから分からない。


「遊園地~遊園地~♪」


こいつはテンションが上がると即興で作詞作曲をしだすクセがある。

大概は同じワードを繰り返すサビが続くだけなのだけど。



「ねぇ...」


「ん?」


「なんでもない!」



急に話しかけといてそれはないだろ。



「何だよ」


「なんでもないって」


「教えろって」


「いやだから...、ね?」


「うん」


「いや、家族とかって...もしかしてこーゆー感じなのかなぁー、てちょっとだけ思っちゃったりして...」


「何だよ、急に」


「だからなんでもないって!あ、もう寝る時間じゃない?寝ないと!」


いやだいぶ無理やり話を終わらせたな。

それにいつも寝てる時間にはまだ1時間以上早い。

ごまかすことがとことん下手な奴だ。



「寝ないと寝ないとー♪」



新曲だ。




それにしてもこいつから家族みたいなんて言われるとは思わなかった。




とりあえず俺も同じようなことを考えていたことだけは黙っていよう。

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