第9話「転校生」

「白鳥さん」


「今はやめましょう。また放課後、屋上で」


朝の教室で俺が白鳥レイナと交わした会話はそれだけだった。

俺もそうだが、当然まわりに聞かれてはまずいといったトーンだった。


それより密会をするシチュエーションに放課後の屋上を選ぶなんて白鳥レイナ、なんて粋な学級委員なんだ。なんだか青春漫画のワンシーンみたいで胸が高鳴るぞ白鳥レイナ。


それにしても。

いったい彼女は俺の秘密をどれだけ知っているのだろうか。

もしかして本当に俺が座敷わらしと生活しているなんてことを把握済みなんてことはあるまいな。

何にしてもいろいろマズい予感しかしないぞ。




朝のチャイムが鳴ってホームルームが始まった。

担任の仙田紀夫52歳(独身)がいつものように扉を開けて入ってきた。


「よーし、ホームルーム始めるぞー。実はな。今日お前らにはサプライズがある」


サプライズとは粋な計らいじゃないか仙田紀夫。

とうとう結婚相手でも見つかったのか仙田紀夫52歳(独身)よ。


「今日からこのクラスに転校生が来ることになった」


...転校生?


こんな時期に?



「転校生ぃぃぃぃぃぃ!?」


一人だけ席を立ち、机に両手を置いて身を乗り出しながら目をキラキラと輝かせたのはなずなだった。


こいつはとにかくこーゆー情報に目がない。



「男の子ですか!女の子ですか!先生!身長は!趣味は!特技は!」


「まぁまぁ、藤堂。そう興奮するな。その有り余る好奇心の全ては今から登場する本人にぶつけてくれ」



なずなの好奇心旺盛さときたら見上げたものだが、今まさに平静を装っている俺も興味がないわけではない。いったいどんな奴が来るのか中々楽しみではないか。


「喜べ女子、転校生は男子だ」


「男子なんだ!!!」


いちいちリアクションがでかいぞなずな。

タレントになればワイプ独占できるんじゃないか?


「それじゃあ入ってきなさい」


「はい」


低く落ち着いた声と共に教室に入ってきたのは、推定180センチ以上はあろうか。かなりすらっとした体形にこれまたモデルのような顔立ちをしたどこからどう見ても正真正銘の「イケメン」だった。


「初めまして」


そういいながら彼は黒板にチョークで名前を書き始めた。


「今日からこのクラスの一員となります、東京から来た竜ケ崎剣士(りゅうがさきけんし)と申します。よろしくお願いします」


わかる。

俺にはわかる。

女子たちがニヤニヤしながらそこらじゅうで会議を始めだした。

どうやらもうこいつはクラスの女子のほとんどを虜にしてしまっている。

それに東京出身と来たもんだ。こいつの下駄箱には明日にでも100通を超えるであろうラブレターが投函されるに違いない。古い発想だけど。


なんて憎たらしい存在が来てしまったんだ。

それに剣士って名前...


なんか中2くせぇな。


「さぁ、みんな竜ケ崎くんに質問はあるかな」


「はい!」


女子たちが一斉に手を挙げた。


「じゃ、斎藤。」


「やった!」


斎藤加奈。万年彼氏のいない意識だけ高い残念なタイプの女だ。


「竜ケ崎くんの好きな女の子のタイプは!」


「おいおい、斎藤。急にそんな質問は...」


「いえ、先生。転校生の身としても、質問には全て答えさせていただきたく思います」


「お、そうか。良かったな斎藤。よーくメモでも取っとけ」


クラスに笑いが起こる。

俺はそーゆーの全然面白いと思わないから笑わないけど。



「私の好みの女性は...」



クラス中が固唾をのんで見守る歴史的瞬間。

天に向かって拝んでるやつもいる。



「あなたです」


「...へ?」


クラス中が凍り付いた。

竜ケ崎が指し示した先にいたのはなんと、なずなだった。


「わたし...?」


「はい。あなたです。」


そう言いながら竜ケ崎は紳士のステップでなずなに一歩ずつ近づいていった。


そしてなずなの目の前まで来ると跪いてこう言った。


「たった今、僕は人生で初めて一目ぼれというものをしてしまいました...。どうか私と結婚してくださいませんか」


「へ?」


教室が氷河期へ突入した。

まわりの女子たちが次々と氷漬けにされていくのも気にせず、竜ケ崎はなずなをまっすぐな目で見つめながらそう言った。



しかし。



「ムリ」


「な!」


「わたしそーゆーの興味ないしー!それよりさぁ!君面白いねぇー、オカルト研究会入らない?ねぇ、オカルト研究会!ねぇねぇ!」


まぁ、なんだろう。

なずなとしては妥当な切り返しだった。

断念だったな竜ケ崎。

なずなは色恋沙汰には一切の興味がないのである。



あまりのショックにうなだれる竜ケ崎。

余計好奇心に火の付いてしまったなずな。

一斉に氷のまま冷凍保存されてしまったクラスの女子たち。


朝のホームルーム、もはや教室は収拾のつかない完全なる混沌(カオス)と化した。


担任の仙田紀夫も困り果ててどうしたらいいか分からないといった表情だ。


「えぇーと...、まぁ、なんだ。そんなわけで竜ケ崎くんだ。みんなよろしく頼むぞー。竜ケ崎くん、君の席、一番後ろの空いてるところね。はい、よろしくー」


適当な性格の仙田紀夫らしい締めの言葉だったが、そんなので収拾がつくわけがない。

朝のホームルームで転校生が来ると聞き、その転校生が急に公開プロポーズを始め、なおかつみんなの前で盛大にフラれたんだぞ。

感情のジェットコースターにも程がある。


こうしてカオスは収束することなく、むしろ最悪の状態のまま朝のホームルームは終わった。



頑張れ竜ケ崎。青春に苦みは付き物だ。しかしながら転校初日にプロポーズはどうかと思うぞ。


俺はさりげなく竜ケ崎を内心励ましながら、さらにさりげなく内心面白がっているのだった。

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