第7話「君の名は…?」
笑えない。実に笑えない。
俺の家に座敷わらしが住んでいるなどと皆に知れて良いはずがない。
良くない。非常に良くない。
しかし俺にYESかNOかの選択を迫るまでもなくなずなは、既に俺の家に来ることを決定事項としていた。
まずい。とにかくまずい。
なずなは既に興奮しきっているし、制止なんか効かない状態だ。
あぁどうしよう…神様、仏様。どうかこんな惨めな私をお救いください。もしこの声が聞こえているならせめて何か助け舟を…。
「じゃあ今日の放課後ね!楽しみにしてるよ!トオルん!かけるん!」
アーメン。
主は私を見放したようだ。
もはや俺に道はない。明日にでもどこかの適当な宗教に出家しよう。
そう思って俺が本気で出家先をいくつか考えていたその時だった。
「ちょっと藤堂さん」
なずなの背後から冷たく落ち着いた声がなずなの背中を突き刺した。
なずなもそれも聞いた途端に「ゲッ」と背筋を強張らせた。
「な、なんでしょう…?」
と、なずなが苦笑いを浮かべながらゆっくり声の方に振り向いた。
「あなたまさか放課後の補習授業、忘れてはいないわよね…?」
「えへへー…。そんなのありましたっけ…?」
なずなはとぼけるのがほんとに下手だ。
「何を言ってるの?あなたは放課後の補習組。先週言われたでしょ?」
「そ、そそそうでしたっけ…」
なずなはその女の放つ威圧感に圧倒されてたじろいでいた。
今まさになずなの前に凛として立ちはだかっているこの女こそ、学級委員長で生徒会役員である白鳥レイナ(しらとりれいな)であった。
彼女を言い表すならまさに「才色兼備」といった感じで、学年一の美貌を兼ね備え、スタイルなんて抜群によく、言ってしまえばなずなには無い膨らみも十分に兼ね備えている(コラ)。おまけに運動神経も頭脳も学年1位、既に次期生徒会長との呼び声も高い。
いわば絵に書いたような「完璧人間」である。さぞかし育ちがいいのだろう。しかしながらそのいかにも堅そうな雰囲気に圧倒され、結局俺は入学以来ほとんど会話を交わすようなことは無かった。
「藤堂さん、きちんと補習は受けましょうね…?」
「は、はい…」
さっきまでのなずなのテンションは奈落の底に葬られた。
なずなは少しばかり頭が悪いようで、つい一週間前にあった数学の小テストで赤点を取ったばかりに入学早々補習を強制されてしまったのだ。なんて可哀そうなんだなずな。同情だけはしてやる。
しかし!
なんたる幸運。
神は私を見捨ててはいなかった。
今の俺には白鳥レイナが聖母マリアにしか見えない。
「そんなぁ~。ごめんかけるん、トオルん…、そーゆーことでまた今度ねぇ~…」
「お、おう…。補習がんばれよ…」
なずなはうなだれながら自分の席へと戻っていった。
すると。それと同時に、その後ろに立っていた白鳥レイナと目が合った。
(………?)
しばらく目が合っていた。いや、むしろその独特の威圧感のせいか、少しこちらが睨まれているような感覚に近かった。
俺何かしたか…?
「あ…」
俺が何か言おうとした瞬間、HRのチャイムが鳴った。
同時に白鳥レイナも自分の席へと戻っていくのだった。
「なんだったんだろう…」
たいしたことではないと思うが、俺はそのことが少し心残りであった。
俺もしかして何か悪いことでもしたかな…。
…
…
…
…
(-_-)
閑話休題。
数学の時間。
俺はひたすら黒板に刻まれる数式をノートに写しながら、ふと家でお留守番をしている小娘のことを考えていた。
一人で留守番なのをいいことに何かしでかしているのではないか。
考え出したら気が気じゃなかったが、頭を切り替えて再び数学の授業に頭を切り替えることにした。
放課後。
俺はチャリ置き場でそそくさと帰る支度をしていた。
すると。
「天田くん」
「え?」
後ろから名前を呼ばれて振り返ってみればビックリ。
なんと白鳥レイナ、その人であった。
学年一の出来すぎた美少女が俺に何の用であろう。
「なに…?白鳥さん」
「あの…、これを…」
「…」
その日、俺の学生生活の勝利は約束された。
白鳥レイナから渡されたそれは、可愛らしいハートのシールで封がされた真っ白ないわゆる「お手紙」であった。
SNS全盛期のこの時代に手紙。なんと古風なお方だろう。
「え…!これって…」
「あ、あの…、家に帰ってから開けて欲しいの…。返事は後で構わないわ…」
「えっ、白鳥さ…」
「それじゃ」
そう言って白鳥さんはそそくさと俺に背を向けて去ってしまった。
「これって…、ラブレターだよな…」
おめでとう俺。
これでバラ色の学生生活が約束された。
こんなことがあっていいのだろうか。
今夜は祝杯だ。
俺は最高記録を更新する勢いで帰り道を自転車で駆け抜けた。
興奮冷めやらぬなか家に到着。いったん呼吸を整えて玄関のドアをひねる。
「ただいまー、いい子にしてたかー?」
返事がなかった。
しかし確かに「そいつ」はそこにいた。
そこに体育座りしたまま黙ってテレビを見ていた。
どうやら見ているのはこの時間にいつもやっているドラマの再放送らしい。
座敷わらしもこーゆーのお好きなんですね…。
「お前テレビとか見るのか…」
「うん、こっちの世界のことはある程度あっちで学んでるから」
「ふーん」
その「あっち」が非常に気になるところだが、俺はもはや何も問い詰めなかった。
不思議なことにそいつはテレビドラマにとても夢中になっていて、結局そのあとは一言も発することなくドラマを見終えた。
そして見終えてから一言。
「はぁー、やっぱりいつの時代も男女の仲は複雑ねぇ…」
「…」
誰だお前は!
なんだその無駄な哀愁!
こっちがツッコミを入れる間さえ与えず、こっちを振り返って一言。
「ねぇ、それで?私の名前、決めてくれた?」
「え?あ、あぁ…、名前ね、はいはい…。決めてるよ」
嘘だ。
なんて無益な嘘をつくんだ俺よ。
「なになに?聞かせて??」
そういってグッと俺の方に近寄ってきた。
やめろ。だから顔が近いってお前は。
「え、えと…」
「うんうん!」
さらに近い。
「なゆた」
「へ?」
「なゆた。お前の名前だ。なゆた」
「なゆた…」
「うん…」
なぜか冷や汗。
「いいわね…」
「へ?」
「いいわね!なゆた!私はなゆた!へっへへー!私は今日からなゆたーー!」
狭いアパートの一室を縦横無尽に飛び回る見た目は子供、中身も子供の300歳。
家主に付けられた名前をなかなか気に入ったらしく、しばらくそのまま飛び跳ねていた。
その名前の由来が、今日の数学の授業に出てきた「那由多」という単語をとっさに思い出しただけということも知らずに。
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