第6話「学校」

7時40分。


小さな居候は相変わらずまだ寝息を立てていた。


「じゃあ、行ってくるぞ」


ドアノブを握りしめて玄関の扉を半分ほど開けた状態で俺は一応声をかけた。


すると、「うぅぅん…」という返事ともただの寝言とも取れない小さな声だけが返ってきた。


俺はそのまま部屋を出て、ボロアパート特有のボロい階段を二段飛ばしで下り、自転車に飛び乗って学校へと急ぐのだった。


朝っぱらでも薄暗い路地を通り、川沿いの団地を抜け、少し大きな橋を渡り、何度も上り下りの坂を繰り返しながら俺は、つい一ヶ月前に通い始めた都立桐嶋高校(きりしまこうこう)に着いたのだった。


俺はいつものように1年C組のクラスに入り、いつものように机に突っ伏して寝ている男の席の前の席に座った。


俺が座って教材の整理を始めるなり、さっきまで後ろで寝ていた男が待ち構えていたかのようにムクッと起き上がり、


「なぁー、翔(かける)よ。どうして俺はこうもモテないのだと思う」


また始まった。


「さぁー、何でだろうねー?」


俺はいつものように空返事を返した。


いつもこうなのだ。入学して以来ずっとこれが朝の定番化した二人の掛け合い。


偶然俺の後ろの席になった谷山トオル(たにやまとおる)は、中学では一切彼女ができず、高校生活こそはと張り切って入学早々片っ端から女子に声をかけているものの、いまだに全敗中らしい。


「またフラれたか」


「それを言うなって…」


それだけ言ってトオルは決まってうなだれる。


「いやぁーね、俺が思うにね。やっぱり男っていうのは」


こうしてトオルはいつものように自分哲学、というか自分恋愛学?のようなものを延々語りだすのだった。実際のところ言ってることは毎回同じだし、中身も薄っぺらいものなのだが。


それでも彼は延々10分以上話し続けたのだが、いったいどこにそんな情熱があるのだろう。


いっそ、そのすべてを本に記して自費出版で販売でもしたらどうだろうか。題して「谷山トオルの考える男の美学」。帯のコメントくらいならしてやるし、店頭に平積みされるくらになったら買ってやってもいい。


「というのが俺の考える哲学なわけよ!」


「ふーん」


俺は適当に返す。


「なのになんでいつもフラれんのかなぁー」


俺にはむしろお前が頭を抱える意味が分からない。


とりあえず気休めの言葉をかけてみる。


「まぁ、元気出せよ。女の子なんて星の数ほどいるさ。」


「そうだよな…。そうだよな!なんか元気出てきた!」


なんとまぁ分かりやすい奴なのだろう。先ほどまでの憂鬱はどこへやら。俺の後ろの席の気分屋は既に元気百倍なのだった。


そこで俺がキメの一言。


「まぁ、星に手は届かないけどな」


「ぐわぁぁぁぁぁ!!」


そう言うと再び彼は机の上に突っ伏した。


俺は正直こうして彼の機嫌を日常的に上げ下げすることを楽しむようになっていた。



すると、


「ひゃっほーーーーー!!」


妙に甲高い声が俺たちの方にかけよってくる。


「おはよう。なずな。」


「おっはーー!かけるん、トオルん!…て、えぇぇ!トオルんどうしたの!」


「またフラれたんだよ」


「そっかー、それは残念だねー。なずなが彼女になってあげられたらいいけどトオルんだけはちょっと無理かな…」


「ぐわぁぁぁぁぁ!!」


トオルのライフはもう0に近かった。



説明が遅れた。


今まさに茶色いショートボブの髪を揺らしながら俺たちのもとに駆け寄ってきたのが藤堂なずな(ふじどうなずな)。入学当時から男顔負けの活発さを見せる天真爛漫女子だ。


その活発さからか人見知りすることもまるで無く、同じクラスになった時から俺のことを「かけるん」とまで呼び、毎日のように声をかけてくれる。


しかしながらスポーツ系の部活に所属しているという様子はなく、放課後はそそくさとどこかへ消えて行ってしまって何をしているのかは謎である。


正直どこか少しミステリアスな活発少女なのである。


「そんなことよりぃぃぃ!聞いて聞いて!」


「なんだよ」


「じゃじゃーーん!!」


そう言ってなずなは満面の笑みで後ろ手に隠していたものを俺たちの前に印籠のようにドヤ顔で見せつけた。


「新聞…?」


この地区のローカル新聞だ。なぜそんなものの一面をなずなが見せつけてくるのだろう。


「これがどうしたんだ?」


「ここだよ!ここ!」


なずなが一面の隅の小さな記事を指さしている。



まさかね。


俺は息をのんだ。


その記事には、


<目撃者多数!夜の公園に座敷わらし?>


と書かれてあった。


記事には鮮明ではないが、うっすらと和服を着た小学生くらいの女の子が夜の公園に佇んでいる白黒写真が掲載されている。


「こーゆーのワクワクしない?かけるん!ついにウチの地区にも都市伝説が訪れたのだよ!」


「い、いやぁ…。まさかな…。何かの間違いだろ…アハハハ」


なに分かりやすいくらい動揺してんだ俺。


写真に載っている公園は家のすぐ近くにある公園だった。


それにその写真の少女はどう見ても「アイツ」だった。


まさかこの座敷わらしはいま自分の家にいて絶賛同居中ですだなんて口が裂けても言えない。


「そーかなー?いやはや…。でもこれは我がオカルト研究会としても放っておくわけにはいきますまい…」


「オカルト研究会…?」


たしかになずなの口からそう聞こえた。


「そう!オカルト研究会!かけるん知らなかったの?私がオカルト研究会だってこと!」


「いや、初耳だけど…。そんなクラブあったんだな…」


「うん!私一人だけどね!」


「一人かよ!てか一人でクラブ活動とかできるんだ…」


「クラブ活動っていうほどでもないよー、私が一人で勝手にやってるだけ!」


「なっ」


俺は昭和さながらのズッコケを見せた。


なるほど。こいつは幽霊やら宇宙人やらのオカルトに目がないらしく、きっと放課後もそそくさとどこかに行って日夜オカルト研究に余念がないのだろう。


正直なずなは細くスラッとした体形をしていて、男なら誰もが一目置くほど可憐な容姿を兼ね備えている。きっと同じような年ごろの女の子ならみんな放課後は原宿や渋谷にでかけて、日々自分磨きのために洋服や雑貨を買いあさっていることだろう。


しかしこの一風変わった奇天烈少女はそんなものにはまるで興味がなく、毎日オカルト研究に目がないらしい。つくずく変わった奴でしかない。


すると。


「たしかさ!かけるんてこの新聞に載ってる公園のあたりに住んでるって言ってなかったっけ!」


「え?ああ…うん、そうだけど…」


嫌な予感がする。


「じゃぁ今日みんなで行こうよー!運が良ければ会えるかもよ!座敷わらし!」


会えるも何も一緒に住んでいる。


なずなはまだ喋り続ける。


「そんでー!ついでにかけるん家行こうー!」


予感的中!!


まずい!!


「トオルんもそれでいいよねー!」


「え?あぁ…うん…」


トオルは少しだけ返事をし、また机に突っ伏した。


「やったー!決まりー!楽しみだなぁー!私、高校に入学してから友達の家に行くなんて初めてだよー!ワクワクー♪ワクワクー♪」




今年最大の焦燥感が俺の体を包んでいた。

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