第5話 ホーム
アイツと再会したのは、それから六年も経ってからだった。
ブレーブスのヤマちゃんは甲子園常連の私立高校に進学し、三年の夏に甲子園に
出場してベストエイトに輝いた。
四番でキャッチャーのヤマちゃんは甲子園でも大活躍で、ホームランを二本打っている。
ブレーブスがそのヤマちゃんを招いて、臨時コーチをしてもらうことになった。
その日のブレーブスの練習場所には、その事を聞きつけた当時のチームメートが
集まって来た。その中にアイツが混じっていたのはちょっと意外だった。
ヤマちゃんの周りに皆が集まって手荒い祝福をしているのを、アイツは少し離れたところから眺めていた。
小学生のころは日焼けした顔で野球をやっていたのに、今のアイツは透けるように白い肌をしている。
身長もいつのまにか逆転して、僕の方が十センチ以上高かった。
アイツに下から見上げられて、嬉しいような寂しいような不思議な気持ちになっていた。
この日のために持ってきていた記念ボールをアイツの前に差し出すと、最初それが
何か分からないような顔をしていたが、やがて
「ありがとう。大切にする」
と素直に受け取ってくれた。ずっと胸につかえていた物がとれた気がした。
ブレーブスの練習の後で、誰からともなくこれから同窓会にしようぜということになった。
お酒が飲めるわけではないから、近くの焼肉屋で食事会だ。
仲直りができた僕とアイツは、そこで失われた六年分の話をした。
アイツが中学校からバトミントンに転向したことを、そのとき初めて聞かされた。
なるほど、屋内競技だから日に焼けないんだと納得した。
アイツはバドミントンでも力を発揮しているようで、今度の高校総体には県代表
として出場するんだと嬉しそうに話してくれた。
それでも、アイツは野球のことを全く忘れたわけではないようだ。
この夏の甲子園大会予選で僕とヤマちゃんが対戦し、僕がホームランを打たれたことを知っていた。
「打たせてやったんだよ」
と負け惜しみをいうと
「実力。実力」
と笑われた。
焼肉屋での同窓会がお開きになっても、皆なかなか帰ろうとはしなかった。
もうこれで当分会えなくなるのかと思うと寂しくて、焼肉屋の駐車場でアイツと立ち話を続けていた。
するとヤマちゃんが僕たち二人のところにやってきて
「お前たちって、昔からそんなに仲良かったっけ」
と聞いてきた。僕が不思議な顔をすると、
「だって、今の店では最初から最後まで二人っきりで話しこんでたじゃん」
といわれた。僕とアイツは顔を見合わせ
「「そうだっけか」」
とハモリながら笑った。
「ふーん。じゃ、そのボール、今はその人が持ってるんだね」
秀彰に尋ねられて
「そういうことになるな」
と答えた。
「何かもったいなかったね。パーフェクトなんて滅多にあるもんじゃないから」
智宏が不満そうな声を漏らした。
「でも、お父さんはアウトを一つとっただけだからな」と言い訳した。
「もう、その人とは会ってないの」
と秀彰。
「それが縁とは不思議なもんで。次の年お父さんは大学に進んだんだけど、五月の
天気の良い日に偶然アイツと出くわしたんだ。学部が違うので同じ大学に進学した
事に気がつかなかったんだな。」
瞼の裏に、その日の青空をよみがえらせながら、私は話を続ける。
「その時から二人はいつも一緒に行動するようになった。映画やコンサートにも
誘い合って行くようになった。お互いの家に呼んだり呼ばれたりする家族ぐるみ
の付き合いをするようになったんだ」
「じゃ、その人にお願いすれば、パーフェクトのボールも見せてもらえるね」
と智宏が嬉しそうに言い、
「ああ。無くしてなければな」
と私が答えた。
「あらー。まだ野球の話が続いてるの、しょうがないわね」
と背中からお母さんの声が聞こえた。
ありゃ、昔話に夢中になってすっかり仕事のことを忘れていた。お母さんの
剣幕を想像して、おそるおそる振り向いてみた。しかし、お母さんはニコニコ
した顔で、それほど怒っているようには見えない。
「すまん、すまん。これから荷物を運ぶよ」
私はその場を取り繕うように、慌ててダンボールを持って立ち上がった。
「いいから。お父さんはその場所にいて」
お母さんはそういうと、私の隣にやってきた。普段はサンダル履きなのに、
どういう分けか今はスポーツシューズをはいている。
続いて、お母さんは一歩二歩と歩数を数えながら、私の側から歩き出した。
二十歩とちょっと進んだところで振り返ると、そこで柔軟体操を始めた。
何が始まるのだろうと見ていると、
「智宏。あなたのグローブ。お父さんに貸してあげて」
といった。
私が息子からグローブを受け取る。
お母さんは腕をグルグルと回しながら
「それじゃ、お父さんは座って構えてくれる」
と言い出したので、私はその場に腰を落とした。
子供たちがキツネにつままれたような顔で私たち二人のやり取りを見ている。
「お父さん。私も懐かしいものを見つけたんだ」
お母さんはそういうと、ポケットから丸い物を取り出した。
それを右手に持つと、大きく両手を振りかぶった。
足が高く上がる。久しぶりに見る華麗なフォーム。長く伸びた腕が振りぬかれる。
低い弾道のストレートが繰り出され、乾いた音とともにグローブに収まる。
「なになに」
と子供たちが寄ってきてグローブの中を覗き込む。
そこには、かすれた文字で『パーフェクト達成』と書かれた軟式ボール。
「えー。それじゃ、もしかして…」
子供たちが声を張り上げ、四つの目が一斉にお母さんの方に向けられる。
腰に手を当て、得意げに鼻の横を擦っているアイツがそこに立っていた。
パーフェクト 須羽ヴィオラ @suwaviola
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