エピローグ

奇跡の先に

 目が覚めた。

 重い身体をゆっくりと起こす。剛司の目の前には見慣れた光景が広がっていた。

「あれ? いつの間に……」

 八月一日。

 剛司は自室に戻って来ていた。

 剛司は昨日のことを思い出す。

 昨日まで青羽の元でパラグライダーをやったのは覚えている。

 それでもどうしてやったのか、何故パラグライダーをやっていたのか。

 剛司はもう思い出せなかった。


 窓から差し込む光が何かに反射している。それが剛司の目に真っ直ぐ届いた。思わず剛司は手で光を遮った。ベッドから抜け出した剛司は、そのまま光を反射させていたものに近づく。

「靴……」

 目の前には黄色のラインが特徴的な靴があった。片方だけになった靴が机の上に置いてある。

 剛司にとって、この靴は皆からもらった大切な靴。

 でも、どうしてここにあるのか。

 剛司はその理由がわからなかった。

「とりあえず、戻しておこうかな」

 剛司は靴に触れた。瞬間、剛司の脳に痛みが走る。

「痛っ……」

 剛司はその痛みが何なのかわからなかった。でも、確かに痛い。まるで何かを忘れているかのような。心にぽっかりと穴が開いている。そんな感覚に剛司は襲われた。


 痛みがおさまった。

 剛司は改めて靴を持つ。

 手に何かが当たる感触があった。

 違和感を覚えた剛司は靴の中を見る。

 するとそこには紙切れが一枚入っていた。剛司はそれを手にする。そして二つ折りにされた紙切れを、そっと開いた。



 いつかまた会える日まで。     憧



 書かれていた文面を見た瞬間、剛司は泣いていた。

「どうして……」

 どうして自分は泣いているんだ。

 理由がわからなかった。

 ただ「憧」という見知らぬ名前を見た瞬間、感情が一気に溢れた。

 どこか遠い約束をしたような。そんな感覚があった。

 それでも、剛司はその名前の意味を知らない。誰からの言葉なのかもわからない。

 ただ、今溢れ出す感情が剛司の大切な何かだということ。それだけは自分でも理解できた。心にぽっかりと開いた穴。その正体がこの紙切れの存在なのかもしれない。

 剛司は紙切れを握りしめる。そして靴の中に紙切れを戻した。

 今も心は満たされていない。

 何かが抜け落ちた。そんな感覚だ。

 でも、靴を見ると思い出す。

 誰かが微笑んで笑っている姿が脳裏をよぎる。

 それはたしかなものだとわかる。

 その思いを剛司は大切にしようと思った。

 満たされない心を維持したまま。

 ずっと背負っていきたい。そう覚悟を決めた。

 そしていつの日か。

 この心の穴が塞がる日が来ると。そう強く願っていた。

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青春のパラグライダー 冬水涙 @fuyumi

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