17-5

 「あー、いたいた弥絵ちゃん。あれ、その子は?」

 「知らない子」

 弥絵はぶっきらぼうに応じた。杉本は眼鏡の位置を直し、男の子をじいっと見た。

 「んー……なんだか似てるね」

 「誰に?」

 「一志くん」

 「!」

 言われてようやく気がついた。欠けていたパズルのピースがはまって、完成絵が出現したような感覚。

 お兄ちゃんのことなのに、どうして医師が先に気づくんだろう。自分が情けなくなった。

 「ああ、よかった。探していたんです」

 背後から近づいてきた背広の男性が、安堵の声を洩らした。ふたりが振り返ると男性は一礼をした。

 「この子のお父さんですか」

 「いいえ、父親じゃないんですが、保護者です。都筑つづきと申します。ご迷惑おかけしました」

 男の子は都筑のそばに駆け寄ると、ズボンの裾にまとわりついた。彼は男の子の頭を優しげに撫でた。

 さきほど、車を停めて立ち話をしていた際に、開いたドアから車外へ脱け出してしまったのだという。

 「母親が一緒に乗っていたので安心していたんですが、疲れて眠ってしまったようで」

 小さく付け加える。

 「母親には障害があるので……私がもっと気をつけるべきでした」

 車で帰るという彼に続き、全員で公園の入口まで歩いていった。

 男の子が、停められていた黒塗りの車へと駆け出した。振り返ると、弥絵たちに向かって手を上げた。小さくて可愛い手を微笑ましく眺める。

 「かずし、いきなり走ると転ぶぞ」

 弥絵と杉本は同時に立ち止まった。

 都筑の呼びかけに、男の子ははしゃぎながら車に駆け込んだ。

 ふたりは呆然として台詞を続けた。

 「……かずし」

 「……っていうんですか? お名前」

 「はい」

 都筑は子供のほうを気にして、こちらの緊張した雰囲気には気づいていない様子だった。

 「失礼します。ありがとうございました」

 頭を下げて、彼も車に戻っていった。ばたん、とドアが閉まる。

 弥絵と杉本は顔を見合わせた。

 車が走り出すのと同時に、弥絵は歩道を走ってそのあとを追いかけた。後部座席で男の子がこちらに手を振っていた。隣に母親らしき人の姿がちらりと見えた。

 線が細く、髪の長い後ろ姿。

 追いきれずに弥絵は歩を止めた。杉本がそのあとを早足で追ってきた。

 ふたりは沈黙したまま、遠ざかる車を見送った。

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