17-6
「似てた……」
「うーん……」
まだ心臓がどきどきしている。車を止めるまで追いかけて、女性の顔と素性を確かめるべきだったのかもしれない。だって、彼女が生きている可能性はあるのだ。
遺体は見つかっていないのだし、崖の下には川が流れていたのだから。
大きすぎる衝撃を鎮めようと、どちらからともなく歩き出した。
桜吹雪の道を歩きながら話した。子供の父親は誰なのか。探せばあの車をまた見つけられるかどうか。なによりも、あの女性は誰だったのか。
ふたりはベンチに並んで腰を下ろした。
びっくりしたね、と言いあって、またしばらく黙った。
幻でも見たのだろうか。それとも名前はただの偶然で、まったく無関係な普通のひとたちだったのか。
弥絵が考えに沈んでいると、杉本がふと思い出したように言った。
「あ、関係ないけどさ。今日、返事しちゃうよ。本当に行かないの?」
いきなり現実に引き戻された気分だ。
「……行きたくないな」
綾と篠沢の結婚式だなんて、悪い冗談のようだった。
杉本には大恩があり、花嫁はその彼の親戚で、弥絵とも知らない仲ではない。参加するのが筋なのだろうが、ふたりの結婚を祝福する気にはなれなかった。篠沢の顔を、見たくない。村を出て以来、彼にはいちども会っていない。
噂は杉本から聞いていた。綾の会社に入社して以来、頭角を現して業界の前線で活躍中、らしい。なんの業界かは忘れた。綾の仕事のパートナーで、実生活でもパートナーとか、とかなんとか。
彼を心から許せる日がくるのかどうか、弥絵には自信がなかった。
「はー。綾さんは本当に、趣味が悪いなあ」
きっぱり断言すると、杉本がなだめられる。
「まあまあ……当人同士にしか解らないこともあるんでしょう。篠沢さんはずいぶんやり手みたいだから、経過はどうあれ、東京出てきてよかったんじゃないかなぁ」
「綾さんという強力な後ろ楯もいることだしね」
弥絵の皮肉を込めた口振りに、杉本は小さく笑った。
「篠沢さんは、三角家の婿養子になるらしいよ」
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