16-5

 「なんか、気が重い」

 食べ終えた皿を脇にどけると、弥絵は気怠そうにテーブルに突っ伏した。

 「お金のことなんて考えたくない。けど、生きてくのってお金かかるんだね。こんなに大変だって知らなかった。村ではこんなことなかったのになぁ」

 「考えなくていいよ。そういうことは大人に任せて」

 杉本は冷たい麦茶を飲みながら言った。これも弥絵がつくって冷やしておいてくれたものだ。

 彼女は杉本の言葉に首を振った。

 「買ってくれたのが誰でも、あとで返すよ。金額、ノートにつけておく。今回は医師でいいの?」

 「いや、僕じゃなくて綾さん……、うーん。きちんとしてるのは偉いけど、甘えていいんだよ」

 「甘える理由ないもん」

 そんなふうに即答されると、切ない気分になってしまう。

 「他人だって言われてるみたいで、寂しいよ。僕は弥絵ちゃんの保護者なんだから」

 「……今度は、保護者?」

 弥絵は訝しげに杉本を見た。

 「一志くんのかわりにはなれないけどね」

 「……そんなの、誰もなれないよ」

 杉本の台詞が気に入らなかったのか、弥絵はぷい、と横を向いた。杉本は肩をすくめた。

 彼女はあと数か月で十七になる。微妙な年齢だと思う。もっと幼ければ父親代わりになれたのかもしれないが、十七歳では少し大人すぎる。けれど完全に大人でもないから、始末に困る。

 しばらく一緒に住むことを周囲に告げたら、誤解される可能性が高いのではないか。なにを言われても事実と違うことなら杉本は気にしないつもりでいた。弥絵に迷惑でなければ。

 「ええと。可愛いね、その服」

 彼は言いそびれていたことを率直に告げた。

 「なに、いまさら」

 御機嫌をとろうとしているのか、とでも言いたげに弥絵が睨む。

 「いや、さっき言おうとしたら話が逸れたから」

 女の子らしくて可愛いと思ったのは本当だった。

 「……ふうん」

 「あ、服じゃなくて弥絵ちゃんが可愛いって言わないとね」

 「言わないとって……」

 「ん?」

 「なんでもない。ごちそうさま」

 弥絵は無愛想に言うと、食器をまとめて運んでいった。それからしばらく、キッチンから戻ってこなかった。

 ……今度はなにが気に入らなかったんだろう。

 意地っ張りな弥絵の問題だけではなく、無神経な自分の問題でもあるに違いない。

 共同生活は前途多難だなと、杉本は頭を垂れた。

 けれど、杉本の食器も持っていってくれたところが可愛いと思い、彼は声を出さずに笑った。

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