16-4

 「あ、おかえりなさい」

 「ただいま」

 部屋に戻ると食事の支度ができていた。家族のいるささやかな喜びを、杉本は感じた。

 勝手に家族扱いしたらまた文句を言われそうなので、弥絵には黙っておくことにする。

 部屋はこのほかにもいくつかあるのだが、上京して以来、彼らはなんとなく一緒に住んでいた。弥絵が年頃になり同居に抵抗を感じるようになったら、改めて別の部屋を選ばせてあげよう、と杉本は考えていた。

 テーブルにふたりで向かい合い、食事をとった。

 弥絵はパスタを食べながら、東京の物価に文句をつけている。

 「野菜もお肉もお魚も、全部高いんだもん。種類はずっと多いけど」

 「まあ、物価が全然違うからねえ。僕は逆に、むこうではなんでも安いからびっくりしたよ」

 「むう……なんか、損した気分」

 弥絵はパスタをフォークに巻きつけ、大きな口を開けて頬張った。海老とほうれん草のパスタ。料理の本を見てはじめてつくったと言っていたが、なかなか美味だった。これからも毎日、弥絵がつくるごはんを食べられるのかと思うと、ありがたくて頬が緩む。

 「芝じい、元気だった?」

 「うん、元気だったよ。今度遊びにおいでって」

 「絶対行く」

 まだ孫のいない芝医師も喜ぶだろう。弥絵のことは相当気がかりだったようだから。

 「編入試験、受かってよかったね。芝さんもおめでとうって、言っておいてくれって」

 「うん……医師が勉強教えてくれたからね。ありがと」

 弥絵は礼を言った。珍しく素直だなと思いながら杉本は微笑む。

 「いやいや。制服買わなくちゃね。……あれ、その服は」

 オフホワイトのカットソーに、空色のカーディガン。焦茶色の、ふわふわしたロングスカート。いつもの格好と較べると、ずいぶんフェミニンな雰囲気だった。

 「あ……綾さんが選んでくれたやつ」

 弥絵は頬を染めて言った。そういえば昨日、綾が服を買いに彼女を連れ出していた。だんだんと、兄のお下がりを着る頻度が下がってゆくのだろうか。寂しいような心強いような、不思議な気分だった。

 「気づくの、遅いね」

 弥絵はそう言うと、照れ隠しなのか、彼と視線を合わせずに早口でまくしたてた。

 「服って、なんであんなに高いの?」

 「さあ……高いんだっけ?」

 服を買うのは必要に迫られたときくらいだし、支払いにはクレジットカードを使うので、値段のことはよく判らない。

 「高いよ! しかも綾さん、ひどいんだよ。まともに選んでないくらい早く、ぽんぽん店員さんに商品渡してくの。誰のお金で買うのか聞いたら、もちろん一志くんの保険金で……とか言うしっ」

 弥絵は驚いて、買うのを止めさせようとしたらしい。大切なお金を、大量の服などに使えない、と。

 「あたしが慌てたの見て、ホホホ嘘よ、だって。もー、むかつく……。これは英次郎のカードだから、気にしないでいいのよ……って言ってたよ」

 「え、僕の?」

 杉本の所有するカードは本人のサインがなければ使えないはずだった。おそらく綾の冗談だろう。彼女の趣味で、弥絵に似合いそうな服を買ってあげたというのなら、支払ったのはおそらく綾本人だ。綾さん、なかなかいいところがある、と見直した。でも、念のためあとで、自分のカードの所在も確かめておこう。

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