15-4

 「だから、俺が水捲くから。早く行け」

 「う……うん……」

 温室に彼ひとりを残してゆくのは心配だったが、指示に従い外へ出た。濡れた手ぬぐいを握りしめ、選花場への道を駆け出そうとする。

 外にいた三人の様子が目に入り、ふと弥絵は足を止めた。

 杉本が、横たわる篠沢に応急処置を施していた。傍らに小さな救急箱がある。杉本が車に積んでいたものだろう。

 篠沢と綾は、杉本の存在が見えていないかのように、視線を交わしあっていた。

 「ごめんなさい」

 悲痛な声で、綾は何度も繰り返す。

 篠沢は弱々しく微笑み、彼女を見つめて言った。

 「あなたが無事でよかった」

 弥絵は愕然とした。

 篠沢はそんなことを言う、優しい人間ではないはずなのだ。

 それ以前に、浪岡が必死で消火活動をしているそばで、悠長に見つめあっていてほしくなかった。誰のせいでこんな事態になったのだろうか。もちろん篠沢が元凶だろう。どうして宣子が彼を襲うのか、その関連性がいまいちよく判らないけれど——

 そこまで考えて、弥絵ははっとした。

 宣子はどこに行ったのだろう。

 ……宣ちゃん!

 言葉にならない感情が溢れだし、癇癪をおこしそうになる。弥絵は真っ赤な怒りを必死で抑えた。

 「綾さんっ!」

 三人の視線が弥絵に集まる。力いっぱい握りしめていた手ぬぐいを地面に叩きつけ、怒鳴った。

 「電話かけてきて。119番と、近所の人に。電話は選花場にあるからね!」

 それだけ言うと弥絵は駆け出した。森の中へと。

 「弥絵ちゃん! どこへ——」

 杉本の声が遠くなる。弥絵はひとり、口の中でつぶやいた。

 「あたしは宣ちゃんを探すの」

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