15-5

 木立の密集する森は真っ暗で、小柄な弥絵が通るのにも苦労するほど細い道が多かった。すぐに方向を見失いそうになる。丸い月の明かりだけを頼りにして弥絵は進む。

 周辺の森を知り尽くした彼女でも、自分がどの道を走っているのか次第に確証が持てなくなってきた。

 速度を落とし、歩きながら荒い息を吐く。右手に見覚えのある変型した枝を見つけ、現在位置を把握した。

 「宣ちゃん! いたら返事してっ!」

 弥絵は上空に向かって吠えるように叫んだ。声は闇に吸い込まれてゆく。

 吸った煙のせいなのか、目と喉に多少の痛みを感じる。

 「宣ちゃんっ……」

 歩みが遅くなる。気張って走ってきたものの、どこへ向かえばいいのか判るはずもなかった。心当たりも手がかりもない。寒い。痛い。悲しい。なんだかすべてを諦めてしまいたくなる。

 途方に暮れて立ち止まったそのとき、生暖かい突風が吹いた。

 「ひゃっ」

 まるで背中を押されたような気がした。

 弥絵は暗がりの中で目を凝らした。

 「……お兄ちゃん?」

 口に出してから、馬鹿みたいだと思った。弱った心が都合のいい幻想を感じているだけだ。

 自嘲して顔を上げた。そのとき。

 「あっ……」

 前方の暗がりに切り株が見えた。それを目にしたとたん、ある場所の存在が重なり思い浮かんだ。

 近くに、宣子と一志がよく逢っていた空き地がある。

 弥絵は裏山のほうへと、迷わず方角を定めた。向きを変えると走り出す。

 その場所にいてくれたなら、絶対に連れ戻すから。

 「お兄ちゃん、お願い……お願いします」

 祈りながら暗い道を駆ける。枯れた枝に足をとられそうになっても弥絵は転ばなかった。こんなに強くなにかを願うことはなかった。

 お兄ちゃん。

 宣ちゃんを、連れていかないで。

 ——守ってあげて。

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