15-3

 「弥絵、水道の場所は?」

 浪岡に怒鳴りつけられ、彼女は我に還った。慌てて視線を戻すと、手足を縛られたままの篠沢をふたりが抱きかかえ、外へと向かっている最中だった。

 「水撒きのシャワーが……、だめ、水が出すぎないよう調整してあるんだ」

 あれではとても役に立たないだろう。弥絵は青ざめた。

 「水源どこ? ホースとか、引っ張ってこられるか? 消火器でもいい」

 「消火器は選花場にある。持ってくる!」

 温室を飛び出したところで、杉本とはち合わせしてしまった。

 「消火器、持ってきたよ!」

 額に汗を浮かべた杉本が消火器を掲げてみせた。温室からは三人が脱出を果たしたところだった。

 浪岡は地面に篠沢を横たえると、杉本に手早く伝えた。

 「頭を殴られてる。傷の具合て。倒れてたから煙はそれほど吸い込んでないと思う」

 杉本から消火器を受け取ると、浪岡は大きく深呼吸をして、再び温室へと入ってゆく。

 あの消火器は何年も置きっぱなしで埃をかぶっていたものだ。使えるのだろうかと不安がよぎり、弥絵は温室を覗きこんだ。

 浪岡が安全栓を抜き、ホースを炎に向けた。白い煙が勢いよく吹き出す。弥絵は息をついた。煙を吸わないように注意深く温室に入り、設置してある水撒き用のシャワーに近づいた。コックが熱くなっているといけない。パーカーの袖を伸ばして右手を保護し、コックをひねった。弱々しい水量で水が流れ出した。

 「慎ちゃん、これ……シャワー、使えるかな!?」

 呼び掛けると必死の声が返ってきた。

 「弥絵、なんか布ないか!? 水かけて持ってきてくれ」

 「布って言われても」

 シャワーが設置されている洗面台に古びた手ぬぐいが下がっていた。弥絵はそれを掴むと浪岡のもとへ走った。走りながら手ぬぐいを濡らす。

 「これでいい?」

 「上等」

 浪岡は消火器を床に下ろし、弥絵から受け取った手ぬぐいを縦に引き裂いた。乱雑に折りたたんで自分の口元に当てる。

 「煙吸わないように、鼻と口に当てとけ」

 「わ、判った」

 弥絵は言われた通りにしながら、シャワーを炎に向け、消火活動をはじめようとした。浪岡がそれを制し、シャワーを奪い取った。

 「弥絵は電話かけてこい。119番と、近所の人とかにも、みんな!」

 「でも、この火、急いで消さないと……」

 「消火器はもう使い切ったから」

 「ええ、もう?」

 数十秒しか使っていないように思う。消火器とはそういうものなのだろうか?

 消火器があれば火事を止められる、そう考え安心していた弥絵は、少なからずうろたえた。

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