13-3

 柔らかな眠りと現実との狭間を彷徨っていた綾は、ようやく控え目なノックの音に気づいた。こつこつと何度も、ドアは根気よく叩かれていた。

 「……英次郎?」

 寝起きのぼんやりした頭で、三人が戻ってきたのだと思った。しかし彼らなら鍵を持っているはずだとすぐに思い至る。

 綾は身を起こした。

 診療時間は過ぎているが、この村の住人たちはいつでも自由に診療所へやってくるようだった。まさかとは思うけれど、急患でなければいい、と綾は思った。自分にできることはなにもない。具合のよくない人間とふたりきりにされても、顔を見合わせてお互いに困ってしまうだけだろう。

 面倒な気分で腰を上げる。そっと重い扉を開けた。

 暗がりの中に、微笑を浮かべた宣子が立っていた。

 「あら、宣子さん」

 「こんばんは」

 患者でなくてよかったと、綾は胸を撫でおろした。

 「なんだか、顔色悪いわ。看てもらいにいらしたの?」

 宣子は白い顔で、曖昧に首を振った。綾はそれを肯定だと判断した。

 「医師はいますか? みなさんは?」

 「困ったわね。英次郎たち、出かけているの。戻るまで中でお待ちなさいな。温かいお茶を淹れてあげるわ」

 見たところ緊急を要する容態でもなさそうだし、ゆっくり待てばいいだろう。

 綾は部屋へ引き返しかけた。しかし、宣子は靴を脱ごうとしない。

 「どうしたの?」

 振り返って宣子のもとへ戻り、彼女の顔を覗き込んだ。目の焦点がなんとなく合っていないように見える。少し心配になってきた。

 「……相当疲れてるみたいね」

 ここ数か月の間、彼女は精神的に参っている様子だった。恋人を失ったのだから、無理もないだろう。

 「寒いでしょ、とにかく、お入りなさい。紅月堂の、美味しい和菓子も残っていたはず……そうそう、鈴乃屋の羊羹もあるんだった。ふたりでこっそり食べちゃいましょ」

 「うふふ」

 綾の言葉に、宣子は微笑んだ。

 「優しくされると、困っちゃうな」

 言いながら、包丁の切っ先を綾に向けた。

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