13-4
後ろ手を縛られ、布切れで口を塞がれた綾は、憮然としながら赤い車に揺られていた。
おそらく縄は解ける。荒縄を使って精一杯きつく結んではいたが、所詮は素人の結び方だった。
誘拐されたときの対処法については頭に叩き込まれていた。要人の娘として、幼い頃からひととおりの訓練は受けている。
だがここで縄を解いたとしても、走行中の車に乗せられている以上は逃げられない。
なによりも、宣子の目的が判らなかった。彼女の恨みを買うような真似を、自分はしたのだったか? 窓の外の暗闇を眺めながら考え続けたが、まったく思いあたるふしがない。
車に乗せられる前、縄を使いながら宣子は綾に、「ごめんね、痛かったら言って」と告げた。ふざけているのか、本気なのか。宣子の態度は判断に迷うもので、咄嗟に巻き込まれるままになってしまった。
口を塞ぐ布の存在を不快に感じながら、綾は長い時間を耐えた。
正確には判らないが、走り続けたのは四十分間ほどだろうか。到着したのは、偏平に広い建物の前だった。周囲が暗すぎて、辺りの様子はほとんど見てとれない。
宣子は車を停止させるとキーを抜いた。素早く車から降り、綾が座る後部座席のドアを開ける。片手には重たそうな包丁が握られていて、月明かりに鈍く光った。
「怪我したくなかったら、おとなしく歩いて。……なんて。うふふ」
悪人の使うお決まりの台詞を楽しむように、宣子は小さく笑った。
綾は抵抗せずに車を降りた。外へ出ると、建物の入口に向かうよう促された。あらかじめ開いていたサッシの引戸をくぐって中へと入る。
おそらくここは選花場ではないかと綾はあたりをつけた。花卉の出荷作業などが行われている場所だ。篠沢に連れられ、いちど見学に来たことがある。そのときは昼間で、もちろん今よりも明るかった。宣子を含めて三十人ほどの人間が働いていたように記憶している。
「ここに座って」
言われるまま、部屋の隅に置いてあったパイプ椅子に腰を下ろす。宣子が近づいてきて、脚をも同じ縄で縛った。今度も、さほど本格的な縛りかたではなかった。続いて、ようやく猿ぐつわを外してくれた。
綾は大きく息を吸い込んで、大きく息を吐いた。
「もう……口元がむずむずするわ!」
手が自由に使えず、痒いところに手が届かない。次第に痒みが我慢できなくなり、肩先に顔を寄せて服に擦りつけると、ようやく治まった。たいそう屈辱的じゃないの、と綾は思った。
部屋の隅にいる宣子が、白く細長いろうそくに火を灯した。電気を煌々と点けるのはまずいという判断なのだろうか。
ろうそくなんて久しぶりに見たわ。
綾は場違いな感想を浮かべた。
薄暗い部屋の中、宣子の顔がぼうっと浮かんで見えた。表情は読み取れなかった。
「基本的には……綾さんに危害を加えるつもり、ないんだけど」
宣子は机の上にあった四角い電話機を引き寄せて持ってきた。本体に繋がって長く延びたコードを手繰り寄せ、綾の側のもうひとつのパイプ椅子の上へ、無造作に置いた。
「篠沢を呼び出してほしいの」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます