12-5

 「杉本んちってものすごい資産家だよ。屋敷がこの森くらい広いの」

 「ええっ、家が!」

 森と同じ規模だなんて、桁外れのスケールではないのか。

 「ちょっと待て、そんなに広いはずないだろ。弥絵ちゃん、冗談だよ……真に受けないように」

 「え? え?」

 浪岡は真剣な顔つきで語っているが、からかわれているのだろうか。

 「嘘でもないと思うけれど。これくらいの土地、持っているじゃないの」

 「いや、家自体はこんなに広くないし、だいいち僕自身の資産じゃないですから!」

 「まあそうね。家を継ぐのは誠一郎せいいちろうさんですものね」

 「誠一郎さん?」

 「杉本家の長男よ。英次郎のお兄さま」

 「へー……」

 医師に兄がいたとは、知らなかった。ほかにもきょうだいがいるのだろうか?

 口をもぐもぐさせている杉本を見て、弥絵は彼の素性をほとんど知らないことに改めて気づいた。

 最初は見くびっていたけれど、実はしっかりとした大人で、毒の専門科で、自分を助けてくれると言った医師。

 無遠慮に眺めていたら、目が合った。

 杉本は野菜を頬張りながら、にこりと笑った。

 弥絵は赤くなって目を逸らし、自分もサラダに噛みついた。



 寝室の割り当ては、女性陣の希望が優先された。といっても綾はずっとロフトを独占していて、男ふたりが揃って寝られる場所といえば芝医師の部屋のみだった。必然的に弥絵は診察室のベッドを借りることになった。

 芝医師の部屋は本当に狭い。浪岡は背丈があるので、横たわると窮屈なことこのうえなく、狭い部屋が余計に小さく見えた。

 ふたりが布団を敷いて揃って横たわる場面を目撃した弥絵は、爆笑するのをかろうじて堪えた。確かにこの調子では、宣子を招いても、すぐには眠る場所が確保できなかっただろう。簡易ベッドをもうひとつ増やしてから招待したほうがよさそうだった。

 弥絵は自分の寝床としてすっかり馴染んだパイプベッドに横たわり、平穏な眠りについた。そこで、兄と出逢った。

 「あっ。お兄ちゃん」

 いつものように脚を組んで、一志は自宅の縁側に座っていた。弥絵は廊下から兄の側へ近づいていった。

 一志は茶色の子犬を抱いていた。一志が同級生の友人からもらってきた雑種犬だ。五年も前に、病気で死んだ。

 「風丸かざまるだっ!」

 久し振りに逢えたことが嬉しくて、その茶色い頭を撫でようとした。兄は犬を抱いた手を素早く引っ込めた。思いがけない拒否に弥絵は悲しくなった。風丸は舌を出して荒い呼吸をしながら、弥絵を見て尻尾を振っている。

 「触らせて」

 「だめだよ」

 一志は弥絵の大好きな、大人びた表情で微笑んだ。

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