12-4
夕食のメニューはカレーライスとサラダだった。
カレーは箱に書いてある説明を読んで忠実につくったため、なんとか様になったようだ。
野菜の刻みかたが妙に荒っぽいサラダのほうは、盛りつけの仕方をまったく心得ていない者が素材を皿に乗せたため、あまり美味しそうに見えなかった。ただしドレッシングは市販なのでそこそこ食べられるはずだ。前回より百倍はましだと、弥絵は自分の心を慰めた。
いただきます、と合唱する。四人揃って、カレーに匙を入れる。
「……美味しくないわね」
しみじみと言ったのは、調理をした張本人だった。
「いや、美味しいですよ」
「普通じゃないかな」
「……うん、普通に美味しいよな」
微妙な空気が漂った。
「カレーライスってこんな味だったかしら」
「一流シェフのつくった、三日間煮込んだ特製カレーじゃないんですから……家庭用のルーはこういう味でしょう」
杉本が口をもごもごさせながら綾を諭した。弥絵はふと浮かんだ疑問を口にする。
「一流シェフのカレーってどんな味なの?」
「これよりは美味しいわよ」
「綾さん、説明になってないよ……」
カレーを味わいながら、まあ普通の味だよね、と弥絵は思った。なぜかじゃがいもが生煮え気味だけれど、綾にしてはきっと上出来だろう。
四人が一緒に暮らすようになり、二週間が過ぎていた。
寂しい思いをしているのではないかと、彼らは宣子のことも誘ってみた。宣子は「寝る場所ないでしょ」と笑って断った。
宣子の様子も心配だったが、弥絵自身もこの思いがけない展開を憂慮していた。
結果的には杞憂に終わってよかったと思う。弥絵は口にこそ出さなかったが、意外とこの暮らしを気に入っていた。
赤の他人との共同生活など初体験だったものの、この三人には余計な気を遣わなくて済んだ。綾の言動には相変わらずかちんとくることが多かったが、根っからの悪人でないことだけは、かろうじて理解した。
彼らの弥絵に対する態度はごく自然なものだった。お互いに気を回しすぎてぎこちなくなるようなこともなく、日々の生活の中で彼女がお荷物になることもなく、迷惑に思われていないことを弥絵は感じ取ることができた。弥絵のほうも変な遠慮はせず、しかし礼節をわきまえた共同生活を送れるよう、彼女なりに気を配っているつもりだった。
彼らはとても大人なのかもしれない。弥絵は改めてそう思った。もちろん、全員三十代なのだから大人で当たり前だ。皆が、彼女の倍以上の時間を生きている。弥絵が生まれた頃、彼らはいまの弥絵と同年代だった。とても不思議で、なんだか面白い。
杉本の子どもの頃の話を綾から聞くのも楽しみのひとつだった。医師が心底いやがって苦い顔をするのが愉快なのだ。
「幼稚園の頃、庭で迷子になったわよね」
「あれは幼稚園児にとって、庭ってレベルじゃないでしょ。もう、しょうがないです」
「医師の家ってお金持ちなの?」
三人が無言で弥絵を見た。弥絵は思いがけない反応にたじろいだ。
「な、なに」
「おまえ、弥絵ちゃんに言ってないの」
「べつに……言う必要ないじゃないか」
「そうねえ、お金持ちよね。うちと違って、杉本の本家だものね」
「なんですかその厭味……」
綾がお金持ちなのは聞かずとも理解していたが、それよりも上の規模でお金持ちなのだろうか。妙にどきどきしてきた。
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