12-6
どうして触らせてくれないのかと哀しい気分になる。が、それ以上に、久し振りに見たその顔に、じいんと感動した。
顔を見るだけで泣きたくなってしまうなんて、自分はどれほど兄が好きだったのだろう。
落ち着きのない風丸を微笑ましく眺める。弥絵はふと尋ねた。
「お兄ちゃんは、元気?」
言ってから、おかしな質問をしてしまったかと思う。亡くなったひとに、元気かだなんて。
「うん」
兄が笑ったので弥絵は安心した。
「あたしたちも、元気だよ」
「ん。よかった」
「宣ちゃんはすごく、寂しがってるよ」
一志は頭を垂れた。前髪で表情が読めなくなった。
「ああ……宣子のこと、頼む。しっかりしてるように見えるけど、そうでもないからさ、あいつ」
「へ?」
弥絵は首をかしげた。そうでもないとは、どういう意味だろう?
「弥絵は知らないかもしれないけど、けっこう過激なんだよなあ。なんか不安定だし……キレるとなにすっか判んないし」
一志は鋭い目を見せて、まるで脅すように言った。
「そ、そんな……」
冗談なのかそうでないのか判断に迷う。「宣子」と「過激」という言葉が、弥絵の頭の中ではうまく結びつかない。彼女はいつも控えめで、たおやかで、優しい女性だったから。
「だから、見ててやってくれな。宣子のこと」
その真摯な様子に、弥絵もなかば本気で頷き、了解した。宣子は意外と過激だと、頭の中にメモしておこう。
これは夢だから、辻褄の合わない嘘かもしれない。話半分で聞いたほうがいいのかもしれないが、兄の頼みならなるべく忘れないでおこう。
兄が宣子のことを心配しているのは自分の夢だけの話ではなくて、掛け値のない事実だろうと弥絵は直感した。一志は弥絵の知り得なかった宣子のことを、たくさん知っているに違いない。宣子もまた、弥絵の知らない一志をきっと知っていたのだろう。ふたりきりで過ごしてきた時間が、三年分あるのだから。
そんなふたりが離れてしまうなんて、可哀想だ。
弥絵は哀しい気分に襲われ、続けざまにむずむずした感覚をおぼえた。
「お兄ちゃん。……トイレ行きたい」
かなり本気での尿意を感じた。涙も引っ込んでしまった。
躊躇したけれど、思いきって頼んでみる。
「ついてきて」
せっかく会えた兄と離れたくなくて、普段なら絶対に言わないことを言った。兄は軽く頷いてくれた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます