12-1

 足下に散り積もった枯葉がざくざくと音をたてた。

 弥絵は浪岡の少し前を歩いていたが、くるりと振り返って唐突に訊ねた。

 「慎ちゃんは医師せんせいと、いつから友達なの」

 「大学んときから。……なあ、なんで杉本がせんせいで、俺は慎ちゃんなんだよ」

 浪岡は大股で歩を進め、弥絵に追いついた。

 木立の隙間を並んで歩いた。ふたりの息が白く弾む。

 「俺だって医師なんだぞ。浪岡医師なみおかせんせいって呼べよな」

 「そんな呼び方、誰もしてないよ……」

 「くっそう」

 悔しがる浪岡を見て、弥絵はにやにやと笑った。

 「村出身のお医者さんのくせして、芝じいの跡を継がなかったなんて、いじめられて当然じゃない?」

 「二度と戻ってくる気なかったからね」

 彼は憮然として、コートのポケットに両手を突っ込む。

 「へえ。なんで戻ってきたの? 医師に呼ばれたから?」

 「それもあるし、芝じいの資料を手渡すってのもあったし。宅配かなんか使えばいいのに、送るのは不確実だって爺さんが言うからさ」

 「あ!」

 あのとき篠沢は、老医師の研究資料を探していたのではないだろうか。

 怪訝そうな顔をする浪岡に、芝じいの残していった荷物を篠沢が漁りにきたことを説明する。

 「……ふうん。ペインの秘密を表沙汰にされたら困る、って感じかな」

 「大騒ぎになるのかなあ」

 弥絵にはぴんとこなかった。ペインのない世界に住んだことがないからかもしれない。

 「まあな。表向きには発見されてない致死性の毒だから、ニュースにはなるだろ。遺族が訴えれば、篠沢の立場も危ないかも……」

 「訴えるひとなんかいないと思うけどね」

 亡くなった者は還ってこない。事を荒立てれば村の平穏を乱し、全員の働き口を失わせることにもなりかねないのだから、村人はなにも言わない。篠沢もそれは承知しているはずだ。

 「ペインに関わりたくないなら、慎ちゃんみたいに逃げるしかないんだよね」

 「そういうこと」

 言葉が過ぎたかと思い、弥絵は隣を歩く背の高い横顔を見上げたが、彼が気を悪くした様子はなかった。

 ふたりはなおも進んだ。冷たい突風が吹いて顔を打ったとき、弥絵は声を上げた。

 「あー。きょうは着かないかも」

 いつしか道が変わっていた。おそらく塚野原には辿り着かない道筋だ。浪岡がどうしても行きたいと言うので、早番の仕事を終わらせた弥絵がわざわざ付き合ったのだが、このぶんでは無駄足になりそうだった。

 「えーっ」

 浪岡はその場に立ち止まると肩を落とし、嘆いた。

 「なあ弥絵。もう俺には資格がないのかな。子供のころには何度も行ったんだぜ……」

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