12-2
「何度も? すごいね」
通常は肉親が亡くなったときにだけ向かう特殊な場所だ。何回も通えるようなところではない。
「長いこと放ったらかしにしてたから、怒ってるんじゃないの。お父さんとお母さん。だから道を隠しちゃってるとかさぁ……」
「あのひとたちは、別に俺のことなんて気にしてない。お互いがいれば幸せ、ってふたりだったからな。ちっ」
浪岡は拗ねた口調で唇を尖らせた。
「でも、怒ってるのかもなぁ。ななちゃんは……ごめん、ななちゃん……」
「ななちゃん?」
戻ろう、と目配せを交わし引き返しながら、話の続きを促す。
「村の子だよ。俺が十六で……彼女は十四のときに、死んだ」
「ああ……塚野原にお墓あるの」
浪岡は前方を向いたまま頷いた。
「可愛かったんだ、すごく。天使みたいだった。……想い出は美化されるっていうけどな」
「好きだったの?」
「うん。大好きだった……」
彼の遠くを見るようなまなざしが、なんだか面映い。
「素直だね、慎ちゃん」
「……なんで弥絵にそんなこと言われなきゃならんのだ」
我に還ったのか、浪岡は顔を赤らめた。
「あたしはそういうの、よく判んないなぁ」
好きとか嫌いとか。恋愛とか。
「相手がいないからだろ。男ともだちとかいるの、弥絵」
「あんまり……中学の同級生くらいかな。でももう遊んでないし」
だいたい、女の子の友人だって少ない。少ないというより、改めて考えてみると、いないような気がする。
隣町の小中学校までは、一時間半を自転車に乗って通った。授業は面白かったけれど、学校の友人と遊んで楽しかった記憶はほとんどなかった。
見ているテレビ番組が違うと話についてゆけず、テレビのチャンネルが五つしか選べない地域に住む弥絵は早々に脱落した。無理をして興味のない番組を観ることが馬鹿らしく思えてしまったのだ。
買いものをする店も違う、遊びに行く場所も別だから、みんなが盛り上がっていることについてほとんど理解できない。弥絵の家だけがやたらと遠いので早めに帰らなければならず、放課後に残って同級生と遊ぶこともあまりなかった。
正直、ついてゆくのが億劫になった。兄や芝じいがいたから寂しい思いをしたことはなく、さしたる不満もなかった。
「あ、医師はともだちみたいだよ……」
納得しがたい部分もあるが、彼の主張を一応受け入れた弥絵だった。
「慎ちゃんも、あたしとともだちになる?」
「はいはい。光栄です」
「けど、そのうち、いなくなっちゃうんだよね」
彼女は淡々と口にする。浪岡が弥絵の顔を見た。一瞬だけ視線を合わせて、弥絵は前を向いた。
「あたしだけ取り残されて……ひとりでずっと、おばあちゃんになるまでここにいるんだね。まあそれまで生きられるか、判んないけどね」
おばあちゃんになれる確率も低いと思うが、そこは黙っておいた。
「いじけるなよ。出ていくことだってできるんだぞ」
浪岡がさりげなく励ましてくれる。
杉本も、同じことを言ってくれた。
「ん。でも、お墓を守らないと」
「うちの両親の墓もここにあるけど、俺たちは出てったんだぞ」
「……うん」
心の底では理解していた。あのとき兄が決めたように、村から出てゆく自由はあるはずだった。けれど身寄りもなく年若い自分が、身内の存在していたこの地を離れて生きてゆけるとはどうしても思えないのだ。
自分自身の可能性を、弥絵は信じることができないでいた。
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