5-2
その日から弥絵が用意する朝食は三人分になった。
三角綾という綺麗な女性は医師の親戚だと名乗り、よろしくね、と微笑んだ。雑誌かテレビでしか見たことのない鮮やかなデザインの洋服に、弥絵は目を奪われた。
兄のお下がりのシャツが急に恥ずかしく思えて、弥絵はうろたえた。このシャツは大好きなのに。洋服はどれもこれもお下がりばかりだが、不満を感じたことなどなかったのに。
彼女は毎朝、弥絵の料理を黙って食べる。不味い、とは言わないけれど、美味しい、とも言わなかった。つくってもらって当然、という顔をしているのが気に入らない。
医師と話していると割り込んでくるのも気に入らない。狭い集落内で、見る者など限られているのに毎日入念にお化粧しているのも気に入らない。
医師は彼女に頭が上がらないらしく、迷惑そうな顔をしながらも、すべて言いなりになっている。それも腹立たしい。
いちばん不本意なのは、子ども扱いをされることだった。
医師と綾が町への交通手段について話していたのをたまたま聞いていた弥絵は、この地域の特殊性について忠告しようとした。たとえばペインの温室には特殊な道のりを経て行かなければならない。車の排気ガスが極端に花の色を萎えさせるためだった。統括責任者の篠沢によって、車を使うことが可能な地域は厳重に定められている。自転車だけを使うルートも数多くある。地元の人間でなければ迷いやすい危険な場所もある。
親切のつもりで語りはじめた弥絵の助言を、彼女は面倒そうに遮った。
大人の話に口を挟まないの、と、薄笑いさえ浮かべて言った。
頭に血がのぼった弥絵は診療所を飛び出し、自転車に跨がると、そのまま帰宅した。次の日に医師が謝ってきた。なんであのひとじゃなく、医師が謝るのか。ますます腹が立った。
住む世界がまるきり違う人間だし、年齢差だってある。理解し合えないのは仕方のないことだ。
医師と同じで悪気はないのだろうと頭では納得しているが、感情が追いつかない。
彼女の存在は弥絵を苛立たせてやまなかった。
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