第2話 とても珍しいお客様


ここは過去や前世、はたまた未来にいつか持ち主に必要とされ、見つけてもらえる事を待っている品が並ぶ、雑貨屋『人形の忘れ物』。



そのとても稀有な品揃えから、ここに訪れるお客様は珍しい方ばかり。



しかし今宵のお客は、その中でも特別珍しい方のようです………




―――――――――――――――



「ますたー、こんやはおそくまで、おみせをあけているのですね」



『人形の忘れ物』の店員である少女人形が長く輝く金色の髪を揺らしながら店主に語りかける。



「あぁ、もうこんな時間だね、本を読んでいたら時が過ぎるのはあっという間だ」



少女人形に話しかけられ、読んでいた本から目線を上げる、深い夜の様な黒髪の店主は笑いながらカウンターの椅子から立ち上がる。



「もっとはやく、こえをかけるべき、でしたか?」



少女人形は客がいない間座っているショウケエスの縁からトン、と降りると店主の側へ駆け寄る。



「いいや、たまには遅くまで店を開けていてもいいんだよ、営業時間は決まっていないのだしね」



「でも、ますたーは、きほんおきゃくさまのこないひは、おみせをあけることすら、しないときもあります」



「ははは、そうだね。絶対に誰も来ない、と確信すればその日はお休みだ」



「どうしてわかるのですか?」



こてん、と首を傾げる少女人形に、店主はとても優しく笑いかける。



「この店の商品達が、教えてくれるのさ。今日は、私の持ち主が来るわ!ってね」



「…なるほど、わたしには、おちゃのいれかたや、ますたーのおせわのしかたしかおしえてくれませんが」



「ふふ、気まぐれな子達だからね。」



そう言いながら流石に遅い時間だ、と店を閉めようと入り口へ向かう店主だったが、その足はピタリ、と止まった。



「ますたー?どうかされましたか?」



「…とても珍しいお客様だ、私も初めて体験するくらいのね」



店主がそう答えるやいなや、キキーッ、と店の前で何かが止まる音がする。



店の中からの僅かな灯りでショウケエスを通して照らされた外にはオレンジ色の何かが止まっているようだ。



「ますたー、どのこでしょうか」



少女人形が店の中の品物をキョロキョロと見回しながら言うが、店主は答えない。



「…ますたー?」



ジッ、と入り口を見つめる店主に心配そうな声をかけた時、



カランカラン



店の扉が開き、その客は入ってきた。



「あ、あの、私今とても急いでいて…でも何故か馬車がここに止まって…、私もすごく気になるお店だな、って思ったんですけど、でも、時間もあまり無くて、」



オロオロと、自分でも何故ここに居るか分からないような客は、まるでこれからお城の舞踏会に行くお姫様の様にきらびやかなドレスに身を包んだ女性だった。



「いらっしゃいませ、ようこそ。この店ではあなたが今一番必要としている物を取り扱う不思議な雑貨店になります」



「え、えっと、…私の一番必要なもの…?」



「はい。見た所、お客様のお召し物は全て魔法がかかっているようですね」



「!は、はい、そうです、とても優しい魔法使いさんが舞踏会に行けるように、と私に魔法をかけてくださったの」



店主はニコニコとしながら店の棚の一番上でホコリをかぶっていた箱を取り出す。



「しかしその魔法のお召し物は、12時きっかりに解けてしまう、違いますか?」



「その通りです…!すごいわ、なぜそんなことまでわかってしまうの?」



「ふふ、職業柄、ですかね」



店主は微笑み手に取った箱を開ける。



「これは…ガラスの靴…?」



店主の手の上にある物は、まさしくガラスでできた舞踏会にピッタリの美しい靴。箱の古さからは感じられない程の美しい薔薇の飾りの付いたガラスの靴だった。



「ますたー、おきゃくさまはすでにくつを、はいておられますよ?」



店員は店主の近くに立つと、客が既にガラスの靴を履いていることを指摘する。



「ええ、ですから、これは私からのお願いなのですが、どうかこの靴と、お客様の今履いていらっしゃる靴を交換していただけませんか?」



「えっ、靴を、ですか?」



「ますたー?」



突然の店主の提案に、客も店員も驚いた様に店主の顔を見る。



その顔はニコニコといつもと変わらぬ笑顔で客を見ている。



「いえ、余りにも美しい魔法のガラスの靴だったもので、この店にある最高のガラスの靴と交換して頂けないかと思いまして」



「でも、12時きっかりにこの靴は消えてしまいますよ…?」



「ええ、存じ上げております。例え数刻の間でも手元に置いて置けるのならばこの魔法のかかっていないガラスの靴にも勝る素晴らしい物です」



「…そこまで仰るのなら、交換いたしますわ」



客が履いている靴と店の靴とでは全く遜色もないどちらも素晴らしいガラスの靴ではある。



しかし片方は今夜12時きっかりに魔法が解けて消えてなくなってしまうものだ。なぜ店主がそれを欲しがるのか店員が分からず首を傾げていると、



《マスターは変わり者だからね。私達にも分からないような考えを持っているのよ》



と何処からともなく声が聞こえた。



それは店員にしか聞こえていないようで、店員も、それが普通と言うことは知っているので、客の前で不用意に声に答えたりはしない。



《本当に魔法がかかった靴が珍しいだけかも知れないよ?》



《そうかしら?魔法のかかった物なんて、この店に沢山あるじゃない》



《それもそうだ、僕達もそうだしね》



大方このお喋りな声はそろそろ主人の迎えが来る品物達だろう。その日がいつかはわからないがその日になればわかる。だからその日まで存分にお喋りしているのだ。



店員が品物達の声に耳を傾けていると、どうやら客と店主は靴の交換が終わったようだった。



「まぁ、この靴…魔法の靴と同じくらいに、私にぴったりだわ!」



「良かった、いくら交換をお願いしても、サイズの合わない靴をお渡しする訳には行きませんからね」



「ふふふ、そうね、ぴったりでびっくりだわ!」



「ではお客様、こちらのガラスの靴を履いて、どうぞ舞踏会を存分に楽しんできてくださいね」



「ええ!ありがとう!」



バタンッ



客は店主と少し言葉を交したあと、慌てた様子で店から出ていった。



少女人形がショウケエスの棚に登り、ガラス越しに外を見ると黄色い大きなカボチャの形をした馬車に先程の客が乗り、そしてスッ、と夜の街へ消えていくところだった。



「ますたー、いまのおきゃくさまは?」



「とても珍しいお客様、だよ。過去でも現世でも、はたまた未来でもない、そんな捜し物をここに求めてやって来たお客様さ」



「…いま、ということですか?」



「うちの店員は賢いね。その通りさ。彼女は継母と継姉に置いてけぼりにされた可哀想な少女。それを哀れに思った優しい魔法使いが舞踏会に行けるようにとドレスと馬車を用意する」



「でも、ますたー…それは…」



「そう、私達からすれば、過去、はたまた御伽話、のストーリーさ」



「あのおきゃくさまのまほうは、じゅうにじにとけてしまう…」



「あぁ、しかし、…」



「…」



「「ガラスの靴だけはお城に残らなくてはいけない」」



少女人形と店主の声が重なる。



「それが正しい、灰かぶり姫の物語だ。だけれど何故かこの店に来てしまった彼女は不思議な店主に魔法のかかってない靴を交換させられる。すると、どうなると思う?」



「…どうもなりません。ふつうのくつは、じかんになってもきえたりしませんから」



「その通り!物語は、何の問題もなく進むだろう。私達の知っている通りにね」



楽しそうに笑っている店主とは裏腹に少女人形は怪訝そうな顔をしている。



「でも、ものがたりのとおりなら、こうかんしなくてもくつはのこるのではないですか?」



「勿論。その可能性も大きく有るよ。でも私はね、小さな頃からこのお話を読む度に不思議だったんだ。なぜ靴だけは12時きっかりに消えず、王子の手元に残ったのだろう、ってね」



「それはおはなしのせかいだから…」



そう言いかけた少女人形は言葉を止める。今まさにこの店に来た客は、お話の中から出てきたお姫様そのものだったから。



「そして、私個人の興味だったんだ。この魔法のガラスの靴は12時に、本当に消えないのかどうか、ってね」



キラリ、と店の明かりで反射する店主の手の中の靴と、ガラス玉の瞳。丁度その時、12時を告げる鐘がなった。



サァァァ…



「おや、これはまた…」



店主の手の中にあったガラスの靴はキラキラと粒子を零して形を変えていく。



「きえてしまったのですか?」



少女人形の背丈では店主の手の中はよく見えない為、聞いてみると店主はとても嬉しそうに、



「いいや、形を変えただけだ。見てご覧。美しい硝子細工の髪飾り…」



店主がそっと少女人形にガラスの靴だった物を手渡す。



それはとても綺麗な薔薇の飾りの付いた髪飾りで、照明の光に当たってキラキラと輝いている。



「…こんなことは、ものがたりにはありませんでした…」



「ああ、きっと彼女とこの店はそもそもが繋がりの無い筈だったんだね。それが何故か今日は繋がってしまった。彼女の物語は変わらないけれど、この髪飾りの物語は今日から始まるのかもね」



「かみかざりの、ものがたり…」



少女人形は光に硝子細工の髪飾りを透かして見て、そしてそっと店の棚に並べた。



「何か、聞こえたのかい?」



「いいえ、まだ。にんげんでいえば、うまれたてのあかちゃんのようなものですから」



「そうかい、なら、その子もまた、持ち主が見つかるまで家で預かろうね」



「はい、ますたー」



「さぁ店を閉めよう。今日はとても素晴らしい日だったね。珍しいお客様に会えた」



「そうですね、このこたちも、めずらしがっていました」



パチン、と店の灯りが落とされる。



今日はとても長く店を開けていたから、明日店主が起きてくるのは昼を過ぎるかもしれないな、と心の中で思いながら、少女人形は店の後片付けを始める。



店主は、店の棚をゆっくりと回り、ときに立ち止まって品物を撫でる。



これが雑貨屋『人形の忘れ物』の日常であり、今日は特別非日常な一日でもあったのだった。



―――――――――――――――



雑貨屋『人形の忘れ物』



営業日:貴方が何かを求める時

    貴方が何かに導かれる時

営業時間:貴方が訪れるその時間




いつの日か、貴方のご来店、お待ちしております。



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雑貨屋《人形の忘れ物》 海翔 @kaito_0525

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