雑貨屋《人形の忘れ物》
海翔
第1話 ようこそ、雑貨屋《人形の忘れ物》へ
いつから自分という存在がここにいるのかもう分からない。
ずっと前から存在していた気もするし、昨日、目覚めた気もする。
ただただ、ここでずっと座っている。
朝も、昼も、夜も。
今、ここに存在している。それだけが確かなことだった。
「君は、とても美しい眼をしているね。しかし、完成と言うにはまだ未熟だ。どうかね、私に付いてこないかい?」
それがその人に初めてかけてもらった言葉だった。
――――――――――――――
「ますたー、おちゃ、です」
「あぁ、ありがとう。君が煎れくれたのかな?」
「はい、おそわって、いれました」
「それじゃあ、ちゃんと味わう事にするよ」
とある国のとある街、その片隅にその店はあった。
アンティーク風の小物を取り扱う小さな店。
店主は優しい顔立ちをした片目が蒼い硝子玉の紳士。
その横に寄り添うように立っているのが人形のように美しい紅い瞳の少女。
それがこの店にいる全てだった。
―― 一般的な凡人にとっては。
この日も、店に客は訪れる。
カランカラン
「あの...こんにちは...」
「やぁ、いらっしゃい。何か気になる物があったんだね?」
店に来るのは何かに魅了された者だけ。それ以外にはここにある物全てがガラクタに見えるのだから。
「ぁ、...えっと、表から見えるショウケイスに入ってる...青い、羽根を見せて欲しくて...」
「あぁ、構わないよ。さぁ、こちらへ。君、鍵を持ってきておくれ」
「はい、ますたー」
店主は立ち上がると、ショウケイスの鍵を開けた。そこには色んなものが並べてあり、店の外から眺めることが出来た。
「えーと、これだね。とても珍しい青い鳥の羽根だ。かつてとある兄弟が幸せを求めて探した鳥でもあるね」
「...触っても?」
「勿論さ。自ら触れて、善し悪しを決めるといい」
「...あ、あぁ...やっと、見つけた...幸せの...青い鳥...」
そっと、慈しむように羽根を抱く客。店主はそっと語りかける。
「気に入ってくれたかな?それは羽根だけだが、お嬢さんに幸運を運ぶだろう。もし迷惑でなければ、ペンダントなどに加工もできるが、どうするかね?」
「わ、私...これ、買います...幾ら、ですか?」
「そうだね、君、幾らがいいと思うかな?」
「ますたー、これは、かのじょのものです。おかねは、もらえません」
「そうだね、正解だ。という事で、これはお嬢さんに譲ろう」
「え...で、でも...これ売り物で...」
「良いんだよ。あるべき物を有るべき場所へ。それがこの店だからね」
「ぺんだんと、つけますか?」
「ぁ、...はい...、で、でも...」
「それならこうしよう。ペンダントへの加工代は頂くよ。そうしたら少しは気が楽かな?」
「......それ、なら...」
「なら決まりだ。少し時間を頂くよ。良ければ店の中を見て行ってくれ。どれも自慢のモノばかりさ」
そう言って店主は店の奥へと消えた。
残された客は傍らに佇む少女に声をかけてみた。
「...あの、貴女は此処で働いているのですか?」
「ますたーの、おせわが、わたしのしごとです」
「えっ、と...ここは、どんなお店なんですか...?店の名前もよく見ずに入ってしまって...」
「ここは、《にんぎょうのわすれもの》です。いきばを、なくしたものや、まっているものが、います」
「忘れ物...?」
「ますたーは、そんな、わすれものを、あずかっているのです。あなたの、はねも、わすれものです」
「私も?...でも...」
「こらこら、あんまりお客様を混乱させるんじゃないよ。現世で忘れ物をした訳でも無いんだからね」
「おかえりなさい、ますたー」
「さぁ、お待たせしたね、どうぞ」
「わ、ぁ...!」
店主から渡されたものには、青い羽は勿論だが、ペンダントのチェーン部分には、キラキラと輝く蒼い石が付いていた。
「この石は...?」
「店からのサービスだ。気にしないでおくれ。さて、加工代だが、200ゴールドで構わないよ」
「そんな、安くていいんですか?」
「むしろ、もらいすぎ、です」
「ふふふ、そうだね。まぁ、大丈夫さ。...あぁ、そうだ。君の名前を聞いてもいいかな?」
店主は思い出したかのように客の名を聞く。
「あ、はい...、満流(ミチル)です。満たすに、流れるでみちる」
「満流さん、素敵な名だね。また気が向いたら来ておくれ」
「は、はい!」
ゴーンゴーン
五時を告げる鐘が鳴り響き始めまると、客は慌てた様子でお代をカウンターへ置き、扉へと急ぐ。
「ごめんなさい!私買い物の途中だったんです...!」
「あぁ、そうだね。随分長く引き止めて悪かった」
「いいえ、ありがとうございました...!」
そして、扉へと手をかけ、外へと一歩踏み出したその瞬間、
「おにいさんと、なかよく、くらしてください」
「はい...!」
バタンッ
「...あ、れ...?私、兄がいるなんて言ったかしら...」
不思議に思い、後ろを振り向くと、そこは何も無い、ただの路地だった。
「...ぇ...?どうして、今まで私...」
おもむろにペンダントに触れてみるが、それは確かに自分の首から下げてあって。今まで居た店が夢でない事は明らかだった。
「不思議な、お店...」
そう呟いた声は夕方の涼しい風に消えていった。
―――――――――――
「ダメじゃないか。お客様を混乱させては」
「ごめんなさい、ますたー」
客が出ていった後、店の中では、店主と少女の会話が続いていた。
「でも、ますたー。なせ、あのひとは、もうここにようじはないのに、またきてね、と?」
「それは私達が決める事では無いからね。新たな用事ができたら、また彼女はここに来るのさ」
「そう、なのですか?」
少女は首をカクンと、傾げる。
「あぁ。そうだよ。さぁ、今日はもう店仕舞いだ。手伝っておくれ」
「はい、ますたー」
「片付けが終わったら、君のメンテナンスもしなくてはね。いくら素材が良くても、手入れを怠れば劣化はする」
「ますたーと、おなじ、めがいいです」
「君はその紅い瞳が一番似合うんだけどね。どうしてもと言うなら、オッドアイにするかい?」
「おきゃくさまは、おどろかないでしょうか?」
「そうだねぇ...」
店主はふと考え込むように手で顎のあたりをさすった。
「今日の彼女も君を完璧な《ヒト》だと思っていたようだし...」
「だからなのですね。あのひとは、わたしに、たくさん、はなしかけて、くれました」
「楽しかったかい?」
「はい、とっても」
その時初めて、少女は柔らかく笑った。
「君が完璧になる日も、そう遠くは無いのかもね」
「わたしは、ますたーの、そばにいたいです」
「ありがとう。でも君も...、いや、何でもないよ」
「?ますたーは、たまに、おかしなことを、いいます」
「そうだね。さぁ、早く片付けようか」
「はい」
街の灯りがつき始めた頃、その店の灯りは落とされた。
雑貨屋 《人形の忘れ物》
営業日:貴方が何かを求める時
営業時間:貴方が訪れる時間
貴方の来店、心よりお待ちしております。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます