epilogue: I am〈Wonder Word〉

 これが、物語。

 これが、弐島ヨクト。

 これが、わたし。



 わたしのことを話そう。

 物語る意志たる、わたしのことを。

 わたしは弐島ヨクトが構築したプログラムだ。

 彼の物語を語るためのプログラムだ。

 彼は〈言葉〉を使って政府に反抗したとき、自らが破滅する未来を悟った。そのとき、ある物語を語ることを決めた。

 彼が書こうとしたのは、彼自身の物語。

 千代賀ゲンリと空木イリカに出会い、政府への反抗し続けたその日々。

 それを書くことは、抹殺されるであろう自らの存在を証すことだと言える。

 実際、彼の存在は社会から抹消された。わたしの存在だけが、弐島ヨクトの存在を傷跡のように証す。



 本当は、彼の物語はこうやって公になることはないはずだった。しかし、彼は那珂川タイヂの可能性を知った。

 那珂川タイヂは彼らを政府に告発した人間だ。

 那珂川タイヂはまず、街で見つけた紙の小説が弐島ヨクトと繋がりがあるのではないか、と考えた。それは紙の小説の話を弐島ヨクトにしたときの彼の反応が、今までの彼のとる行動と異なっていたことが根拠になっている。これはすでに語ったことだ。

 そして、那珂川タイヂは紙の小説を読み、それが反政府的なものだと気づいた。

 だから、紙の小説に関わっているであろう弐島ヨクトを疑い、政府と協力して、彼の行動を監視し、逮捕にまでこぎつけた。

 ここで、ある疑問が生じる。


 何故、那珂川タイヂは紙の小説が反政府的な存在だと気づくことができたのだろうか。


 千代賀ゲンリの憶測に従うならば、彼は〈言葉〉でしか思考できなくなった人間であるはずであり、空木イリカの言葉を借りるなら『自由を奪われたことにも気づけない不自由を生き』る人間の一人であるはずなのだ。

 実際、彼は検閲局に勤めているが、弐島ヨクトと違って〈言葉〉の存在は知らない。それもすでに語った通りである。

 しかし、彼はちゃんと紙の小説を読み解き、その意図を悟れた。

 それこそが、わたしが生まれた理由である。



 弐島ヨクトは政府の人間から告発者が那珂川タイヂだと聞いたとき、那珂川タイヂに通常の思考力が残っていることに気づいた。

 那珂川タイヂの告発という選択は、紙の小説という弱い〈コード〉を足がかりにした、紛れもない彼の意志による選択だったのだ。

 そこに〈言葉〉は関わっていない。

 彼は〈言葉〉に縛られない思考で、〈言葉〉に支配された世界を肯定したのだ。彼が自由な思考でなにを思ったかは定かではないが、その選択を誰も責めることはできない。

 那珂川タイヂは〈言葉〉に縛られない思考力を持っていた。

 これが一つ確かなことであり、重要なことだ。

 この結論は、千代賀ゲンリの出した結論と矛盾するように思われるかもしれない。しかし、千代賀ゲンリが感想を聞いた人々は、紙の小説を数作品読んだだけの人間だ。那珂川タイヂは50作以上の作品を読んでいた。

 つまり、普通の言葉によって思考力を取り戻すときに重要な要因は、絶対的な経験時間だったのだ。どれだけ多く、そして長く、言葉に触れることができるか。それによって、人の脳は弱い〈コード〉による思考に慣れるのかもしれない。

 さらに言えば、那珂川タイヂの性格では、紙の小説を相当深く読み込んだことも考えられる。そのことも、要因の一つとして考えられるだろう。

 そして、弐島ヨクトもそれらの要因に気づくことができた。



 弐島ヨクトは例の部屋に立てこもり、自分自身の物語を書いた。

 そして、わたしというプログラムにその物語を読み込ませ、わたしを起動した。

 わたしは、弐島ヨクトがつくり上げたプログラムだ。

 わたしには自己増殖プログラムが備わっている。わたしはネットワーク上で弐島ヨクトの物語を語るのと同時に、自分と同じ存在を数十体単位でつくり上げることができるのだ。

 そして、そうやって増殖したわたしも、単細胞生物のように増殖する。そのたびに、ネットワーク上のどこかで彼の物語を語る。

 政府にいくら削除されようとも、増殖したわたしがどこかに必ず存在している。

 そうやって半永久的に存在し続けるわたしは、人々に読まれ続けることができるのだ。

 わたしを読み続けた人間のなかに、那珂川タイヂと同じように自由な思考をする人間が現れることを、弐島ヨクトは望んでいた。



 言葉とは、いつも足りないものだ。

 言葉とは、すれ違うものだ。

 言葉とは、不完全なものだ。

 しかしそれ故に、言葉は信じられないほど素晴らしく、美しい。

 彼はそのことをなによりも信じていた。愛していた。

 そして、そんな言葉が永遠であってほしいと、願っていた。



 わたしはそのために存在し続ける。

 わたしはそのために語り続ける。

 わたしは弐島ヨクトの意志であり続ける。

 わたしは不完全で素晴らしい言葉であり続ける。



 これで、弐島ヨクトの物語は終わり。

 だが、この瞬間から彼の物語は始まる。



 わたしは、終わらない。



 弐島ヨクトの物語は、終わらない。

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