第13話 流れに身を任せて
例えば・・・、そう、風の流れに身を任せたら。
きっと空高くまで飛び上がって、世界を上から見下ろしながら、どこまでも浮かんでいけるだろう。
・・・ああ、でもダメだ。
いつかは風が吹き止んで、心地よく大空へ浮かんでいた僕は、抗う術を持てずにすぐ地面へと叩きつけられてしまう。
だったら、そう、水の流れに身を任せたら。
きっと揺りかごのように深く包み込んでくれて、大空を見上げながら、どこまでも浮かんでいけるだろう。
・・・ああ、でもダメだ。
いつかは嵐に巻き込まれて、心地よく水面に浮かんでいた僕は、すぐに大量の水を飲んで水底へと沈んでしまう。
それならば、そう、時の流れに身を任せたら。
きっと様々な出来事が目まぐるしく移り変わって、様々な思い出を見つめながら、思考を浮かばせていけるだろう。
・・・ああ、でもダメだ。
いつかは終わりの時が来て、心地よく思い出を頭に浮かばせていた僕は、すぐに何も考えられなくなって暗闇に溶け込んでしまう。
では、人は?
そう、人の流れに身を任せたら。
・・・そんなことができる人が羨ましい。
自分自身の意見や価値観、存在意義を、他人の流れと同じように合わせて生きて行くという事が、僕には到底真似できない。
自分が持てないものだと分かるからか、羨ましいと思う反面、愚かしいとも思ってしまう。
自分の意思を持たず、誰かの言いなりになることで幸せを得られる操り人形。
誰かの意見に合わせることで、自分への非難を避け、誰かのせいに押し付ける臆病者。
そういった一方的な怒りが湧き出す。
だから僕は苦しむのだろうか?
だから僕は悲しいのだろうか?
だから僕は今まで生きてきた世界から別れを告げる決心をして、薬を大量に飲んだのだろうか?
そのまま横になって目を閉じれば、誰にでも簡単に作り出せる暗黒に染まった世界。
その世界の中で、僕はゆらゆらと揺れ、ふらふらと動き、ふわふわと浮かぶ。
揺れて、動いて、浮かぶ、その全てが、僕を浮遊感に包み込む暗黒が、僕の安らぎそのものだ。
流れを嫌う僕は、優柔不断だと指を指して笑われた。
そりゃあそうだ。その場に留まろうとするなど、反抗的で短絡的で後先を見ていない行為だ。
それでも、今を維持するのはそれほどまでいけないことなのだろうか?
過去に生きている人は、酸いも甘いも噛み分けているけれど、未来に対して疑心的な所がある。
未来に生きている人は、先へ先へと考えて行動できるけれど、過去に対して振り返ろうとはしない。
じゃあ今は?
今に生きている人は?
先を見ようともせず、過去に怯えて生きている・・・。
それだけだろうか?
それは違う・・・と思う。
ぷかぷかと浮かれた僕が言うのはおかしいのだろうけれど、きっと、それだけしかないことはないはずだ。
今を悩み、努力したことは、きっと未来の自分を作ってくれる。
今を精いっぱい謳歌していくことで、大切な過去の一つと成り得てくれる。
ドロップアウト仕掛けている僕には、ただ、その場に浮かび続けていたい僕にはきっとそれを叶えることは出来ないだろうし、この言葉すら信用が持てないだろう。
でも、この朧げで儚げな微睡の世界で、僕は確かにそう思った。
*
これが僕の全て。
僕が最期に、誰かに伝えたかったこと。
この遺書を読んでくれている方へ。
最期まで読んでくれてありがとうございました。
今しか生きていられない、名もない執筆家だった僕の話を、大勢の誰かが読んでくれた。
それだけで、この人生は小さな幸せで包まれていました。
僕は確かに幸せだったと思います。
でも、それを喜びに変えることは出来なかった。
弱く、惨めで、とある時代に留まり続けている、愚かな人間である僕を、どうか笑ってください。
最期に、図々しいお願いではありますが、僕の死体は水葬に回してください。
火葬されて、灰になった体を空へ浮かばせるのも乙なものだと思いましたが、やっぱり、体が残ったままの状態で浮かんでいたいと思ったので・・・。
お金は一番上の引き出しに入っています。恐らく十分足りると思います。
我儘で申し訳ありませんが、こうでもしないと僕は浮かばれませんので。
それでは、僕をよろしくお願いします。
そして、知らない人間の戯言に付き合ってくださってありがとうございました。
羅品総
*
「一番最初に読むのが、まさか僕になるとはね・・・」
綺麗とは言えない自分の字を見ながら、眠りから覚めた僕は苦笑した。
結局、僕は浮かぶ事が出来なかったみたいである。
1804文字
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