第8話 草原にて再度、兵は立ち上がる。
「・・・すみません、起きてもらってもいいですか」
目の前から聞こえてきた声に、古めかしい鎧を着た兵士は反応した。
若い男の声だった。優男のようになよっとしたような声色だったが、何処か芯がこもっているように『彼』は思った。
「・・・随分と寝てしまっていたみたいだな、邪魔になるなら直ぐに退くが」
「いえいえ、邪魔ではありませんよ。むしろ・・・」
青年は少し口を濁らせた後、言葉を続ける。
「ここには貴方以外誰も居ませんし、広い草原が続いているだけで、遮蔽物すらありません」
「うん?そんなことは・・・」
頭を上げた『彼』はその光景を見て思わず口を閉ざした。
そこに広がっている光景は、彼が知っている光景ではなかった。
そこには、青年以外に誰も居なかった。
そこには、青年より高い物は存在しなかった。
そこにあるのはただ、草原のみ。
一面に広がり、地平線まで続いているように見えるほど、草原以外に何もなかった。
「貴方の事を・・・と言うよりかは、ここであった出来事を、僕は全て知っています。」
「・・・俺は、イマイチ覚えていないな。大体のことは分かるが、自分のことが全く分からない」
『彼』は兜の上から頭を掻く。
目の前にいる、見たことのないような兜だけ無い真新しい鎧を着ている青年は、『彼』が何故ここにいるのか、という理由が分かるという。
その理由については『彼』も理解していた。
なにせ『彼』は、ここで死んだのだ。
どこにでもあるような大規模な戦争が起きた。
戦争の火種となった出来事は、一兵士である『彼』にはよく分からないが、とにかくここで敵国の軍勢を食い止めなければ、『彼』の国に住む罪なき民衆たちが殺されてしまう。
それだけはさせないと『彼』ら兵士たちは防衛線を張っていたのだが、いかんせん相手の軍勢の方が『彼』らの格より一つも二つも上回っていた。
気づけば『彼』の周りの兵士たちは殺され、『彼』もすぐに彼らの後を追うことになったのだった。
つまり、永遠に草原が広がっているここは
「そうか・・・、天国か」
「現実逃避しないで下さいよ。ここは貴方が生きていた現実世界です」
思考放棄した『彼』を、青年が無理矢理引き戻した。
そこで、『彼』は青年に対しての疑問を投げかける。
「それなら、なぜあんたには俺が視えるんだ?今の俺はただの幽霊みたいなものだぞ?」
「いえ、僕は貴方の姿は見えません」
「んん?」
「これは僕の体質なのですが、貴方がそこに・・・貴方が最期に残した剣に宿っているのは分かるんですよ。」
ああ、なるほど。と、『彼』は理解した。
『彼』は今、思念体となって、大地に突き立てられている剣に宿っているのだと。
「通りで体がふわふわとしているような感じだったのか」
「恐らく貴方が最期に何か施したんでしょうね、先の大戦から数十年が経つのに、刀錆び一つなく、誰にも抜かれずにその場に放置されるなんて、到底あり得ませんから」
「確かにそうだな」
だが、『彼』には把握できないことがあった。
それは、自らの思念を剣に宿してまで、成したかったこと。
しかし、『彼』にはそれを知るすべがない。
『彼』は、自分が何者なのか分からなくなっていた。
「俺には記憶が無い。だから、生前の俺が何をしたくてこんなことをしたのか、今の俺には分からない」
「きっと、貴方はこの場に留まる何かしらの理由が在ったんです」
「そう言われても、思い出せないもんは思い出せないんだよ」
『彼』は働かない頭を動かす為、鈍った体を動かそうとするが、体に力が入らなかった。どうやら、突き刺さった剣と同じ位置に『彼』は固定されているようだった。
「まるで磔刑にされている気分だ」
「・・・動けないんですね?」
「ああ、きっと前世の俺は脳筋だったな。起きた時に誰かに拾ってもらおうとでも思っていたんだろうが、大地に突き立てたせいで、誰にも抜けない呪いの剣になっちまった」
自虐的に『彼』はそう言って首を竦める。
・・・竦められる首があるのか『彼』本人にも分からなかったが。
「呪いの剣ですか?」
「まあ、そんなところだろ。何かしらの力があるわけでもないしな」
「・・・僕はそう思わないですよ」
「あん?」
そっぽを向いていた『彼』は、青年を再度見ると、なぜか青年は晴れやかな笑顔をしていた。
「僕は伝説の聖剣だと思ってますよ」
「・・・は?」
「抜いたら何かしらの力が得られるかもしれませんし、誰にも抜けない剣を抜くなんて、それこそ伝説に相応しいと思いませんか?」
「お前、何言ってるんだ?」
青年が急に変なことを言い始めて『彼』は困惑するが、青年は至って本気なようだ。
また、『彼』は青年がただ者ではないことを漸く悟った。
と、いうのも先ほどまでには感じなかった、見えない力が彼の周りからあふれ出ているのだ。
そして、『彼』が再度青年の顔を見た時には、夢見がちな少年の顔から一変して、誠実さと気品に溢れた力強さがある顔へとなっていた。
「一つお願いがあります」
「お願い・・・?」
「僕が貴方を抜くことが出来たら、僕の旅に付いてきてもらってもいいですか?」
有無を言わせぬその表情に『彼』は少したじろぐが、沈黙を破るように溜息を吐く。
「いいぞ。その代わり、俺が無くした記憶を取り戻す手伝いをしてもらう。まあ、抜けたらだけどな」
「わかりました、その条件を呑みましょう」
2152文字
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます