第7話 八段目の弥生さん

今日もまた、わたしの前に彼女がいた。

正確に言ったら、わたしが彼女の前に立った。というべきなのだろうけど。


「君も懲りないねぇ、今日で何回目?」

「62回目ですね」

「もうそんなになるのか。早いなぁ・・・」


まるで子供の成長速度に驚く近所の人みたいな言い方をしつつ、妖艶に足を組む女性はわたしより一つ上の先輩である、本間弥生さんである。

彼女はこの学校・・・いや、他校にまでその名を轟かしている超有名人だ。

超が付くほどの美人で、文武両道、スタイル抜群と三拍子そろって完璧な人である。

彼女に恋する男子は当たり前であるが多く、毎日のように告白されているようだが、彼らを完膚無きままに叩きのめすのが彼女の趣味らしい。・・・いやらしい趣味だ。

また、以外に女子にも人気があり、常に憧れの対象に挙がっているようだ。

確かに、宝塚とかだったら身長の高さも含めて男役が似合いそうである。


しかし、彼女には様々な秘密があり、それを如実に表しているかのように、様々な通り名がつけられている。

『生きる七不思議』『迷宮なしの名探偵』『影の校長先生』etc...

私は彼女のことを『八段目の弥生さん』と呼んでいる。

これは、私にしか知らない彼女の話・・・。





この学校に入学した直後は、わたしも彼女の憧れの対象だった。

彼女のように堂々と、凛としているだけで、どれほどわたしの周りは変わっていただろうか・・・。


知り合いから『底なしのスタミナ持ち』とか、『凄まじいハングリー精神』とか言われたこと、そして、わたしの名前がその動物に近かったことから、中学での渾名は『ハイエナ』だった。

馬鹿にされているとは分かっていた。陰湿ないじめに近い行為をされていることも・・・。

それでも、中学三年辺りから言われ始めたから、まだ耐えられた。

高校に進学したら、そんな子供のような無意味に近い、いじめ行為などやってくる人なんて言いないだろうと、そう思っていた。


だけど、現実は甘くなかった。

中学での渾名は瞬時に広がり、中学の時よりも悪い環境に立たされた。

上靴が無くなることは当たり前。トイレに行った時に、筆箱の中身や弁当の中身をバックの中にぶちまけられるのは、まだ優しい方。酷いときには、プールが終わった後、着替えようとしてバックの中を見てみると、下着がズタズタに切り裂かれて、着ることすらできない状態に陥ったりしていた。


その時から、わたしは生きる気力を殆どなくしていた。

嫌な気持ちを忘れようと中学の頃も通っていた陸上部へと入部しようとしたけれど、いじめの被害を被りたくない部員たちから猛反対された。

家に帰っても両親は共働きで夜遅くにしか帰って来ない。

帰って来たとしても、二人ともいつも喧嘩ばかりしていて、わたしがいじめられていることの相談をできるような空気など少しもなかった。

・・・わたしには、居場所が無かった。


そして、必然的ではあるけれど、自殺しようと安直な考えへと至った。

遺書も自宅の机の中にあるし、思い残していることも何もない。

強いて言うならば、あたしのことを追い詰めた彼女らに、せめて私の死体でも見てもらおうと、屋上へと足を進めた。

誰も立ち入らない東棟南側の四階、覚悟を決めて階段を上り始めた。


「ちょっと待った!ここから先は通行止めー」


半階層分登り、あと半分を登ろうとしたとき、上から声を掛けられた。

人を小馬鹿にしたような声にムッとしたわたしは、声の主を見るために顔をあげた。


「泣きながらだったら尚更ダメ。勝負を諦めたような人をここから先には通せないなぁ」


階段の八段目、そこに座っていたのが彼女、本間弥生さんだった。

だけど、生きる気力が無い私には、元憧れの対象だった彼女は、今ではただの邪魔をする壁でしかない。


「・・・どいてください」

「だから嫌だって・・・、あ、もしかして、泣き脅しで通ろうとしてた?ごめんけど私に泣き脅しは通用しないからねー」

「・・・」


話すだけ無駄だと、わたしは壁沿いに階段を上がろうとして・・・。


「はいストップ!」


目の前で壁ドンされて、つい歩みを止めてしまう。

その隙を見逃さず、弥生さんは私に抱き着いた。


「ちょっ・・・!何するんですか!」


慌てて振り解こうともがくけど、弥生さんの腕はまるで万力のように強く、なかなか引き剥がせない。


「そんなに暴れると私ごと階段から落ちちゃうよ」


そう言われてわたしははっと動きを止める。


「やっぱり君は優しいんだね。自分が傷つくことよりも、私の身を案じてくれるなんて」

「違うっ・・・!私は・・・!」

「私が怪我することで、自分の被害がさらに増えると思っての事かい?」



1868文字

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