第6話 僕の理論

静寂を満たす部屋に、突如アラームが鳴り響いた。


「ん・・・ぅ・・・」


朝は苦手だ、夜の静けさや夢の世界から引きずり出されるから。

僕を叩き起こす為に騒音を響かせる目覚まし時計は、いつものように僕を呼ぶ。


「ほら、早く起きて学校へと行けよ。今日もお前が得意な愛想をばら撒く時間が始まるんだから」


そう、僕へと告げる。

うるさいなぁと思いつつも、目覚ましの言葉にいちいち構っていたら埒が明かない。

どうせ、これは毎日繰り返されるのだ。

僕か目覚まし時計の寿命が尽きるまで・・・。


なんていう浅い夢を見続けていた微睡の状態から無理矢理頭を覚醒させる。

これ以上夢の世界に潜り続けていたら、僕はモブキャラの座から降りることになってしまう。

未だ僕へと起きるように呼び続ける目覚ましの頭を優しく叩き、ベッドから降りた。


いつもと何も変わらない日常が僕の目の前にある・・・。

さっき目覚ましが言っていた通りだ。

いつもと何も変わらない日常なら、僕もいつもと変わらない生活をすればいい。


僕は今日も、全てに愛想をばら撒きながら生きていく。





教室に入ったら、当たり前だろうとは思っていたが、やはりアイツがいた。

教卓に座り、入って来た僕へと笑顔を向ける。

屈託もなく見せられるその表情に、なぜかいつも僕は不快感を覚える。

他人を見る度いつも笑い、誰に対しても持論を持ち込んでは、重要な話をはぐらかしてばかりいる、奇抜でクラスから浮いている男子生徒。

それが、教卓に座り、教室に入ってきた途端笑みを浮かべてくるアイツである。


クラスメートたちからの評判も最悪だった。


いつも同じ場所にいて、笑顔を向けてくるから気持ち悪い。

何を考えているのかさっぱりわからねえから、見ていてイライラする。


そういった罵詈雑言が教室のいたるところから聞こえてくる。

勿論、教卓に座ったままのアイツはその悪意全てが聞こえているだろう。

それにもかかわらず、アイツはいつも笑顔のままだった。


「おい××、ちょっといいか」

「・・・え?」


急に声を掛けられて驚いてしまった。

僕へと声を掛けたのはクラスのリーダー格である少年だった。

名前は確か、平泉だったか・・・。


「アイツ、いつもあんな調子だから、オレたち男子生徒一同で、自分がいる立場を分からせてやろうぜ!」

「え・・・っ」


平泉は興奮した表情で僕へと詰め寄って来る。

気づけばアイツに向けられていた視線の行き先は、僕の方へと切り替わっていた。


「なんだよ、もしかしてお前、アイツの肩を持つわけじゃないだろうな?」

「そ、そんなことは・・・」

「だったら、どうすればいいか分かるよな?」


分かるさ、僕がどう動いたら一番いいか、なんて。そんなもの一つしかない。決まっている。


「分かったよ」

「よし・・・。お前ら!」


平泉が声を掛けた途端、クラスの男子生徒が一斉に席を立った。

どうやら、僕以外すでに平泉と同意見らしい。

男子生徒たちは、ゆっくりと教卓へと詰め寄る。

僕は最後尾でさらにゆっくりとその後に続いた。


誰かに悪意を貰うのは嫌いだけど、僕は、自分が悪意を持って相手に接することがてんでダメだ。

皆なぜそんなことができるのか、純粋に分からない。

だから、僕は皆よりも半歩身を引いて、教卓付近に立ち止まった。


「ん、どうしたの?みんな急にボクの元へと近づいて・・・」

「『どうしたの?』じゃねぇよ!いつもニヤニヤオレたちをみて笑いやがって!気持ち悪いんだよ!」


平泉が罵声を浴びせると、それを皮切りにして、そうだそうだと周りの男子生徒達もアイツへと罵声を浴びせ始めた。

見ているだけですごく気持ち悪い光景だ。寒気がする。

それなのに、アイツは表情一つ変えず、笑顔のまま自分の周りにいる男子生徒へと目配せしている。

愛想をばら撒くのが得意な僕が、どうしてこんなに苦しんで、一人、空気が読めず嫌われ者のアイツはさも嬉しそうに見えるのだろうか。


ふと、アイツがこちらを向いた。


「・・・っ!」


目を背けようとしたけれど、僕は見えてしまった。

男子生徒たちの中にいる僕を見つけたアイツは、少し寂しそうな笑みをしていた。


「あ・・・ぐ・・・」


苦しい!苦しい!!息が出来ない!!!

酸素を求める魚のように、僕はその場で口を開閉し、胸を強く、強く押さえる。

酸素を取り込もうとする呼吸器官が努力をするも、空しいことに、僕の視界は段々と暗くなっていく・・・。


・・・そうだ、きっとこの『君』への罪悪感だ。

昔の僕を助けてくれた『君』へと集る大衆の中に、その悪意の塊の一員として、僕がこの場に立っていることの罪悪感だ。


・・・いつか見た夢をふと思い出した。

誰に声を掛けても返事も何も帰って来ず、だからといって、世界の端へといくことを許されず、多くの人たちの視線は僕の方を向いていた。

それはまるで、体に重しを付けられて、底が見えないプールへと突き落とされるような、心臓にナイフが突き刺さっているのに、息が出来ない苦しみが永遠に続いているような、そんな感覚に襲われる。

脆い僕には突き刺さるそれに抗うどころか、堪えることすらできない。


だったら、僕は・・・捨てよう。


「・・・上っ面の笑顔を見せつけられても、これっぽっちも思うことなんてないんだよ!」


『君』が僕の救世主だったのは、過去の話だ。

今、『君』はこのクラスの敵だ、必要悪だ。

だから、僕は男子生徒たちの見方をするし、愛想もばら撒く。

そして、『お前』はただの知らない人だ。


気づけばアイツの視線は、また違うところを向いていて、暗くなっていた僕の視界はぼやけていたけど、元の状態へと戻った。



2252文字

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