第3話 触れる
額から上瞼にかけて冷たい物が当てられた。
それはひんやりと冷たいのに、どこか温もりを感じる物で・・・。
ああ、そうか。僕の額に当てられている物は人の手だ。
―――とはいえ、なぜ、僕の額に手が当てられているのだろうか。
ええと、確か僕は・・・。
感覚が戻って来たのか、体に熱が伝わっていく。
じんわりと体のあちこちから汗が噴き出す。
・・・そうだった。
僕はこの夏の暑さに耐えきれず、納涼の為に一人、プールへと赴いたんだ。
それはいいものの、昨夜遅くまで起きていたことや、朝昼の食事を抜いていたことによる影響、そして年甲斐もなく一人、プールではしゃいだことによる疲れで、恐らく僕は熱中症にでもなって、プールサイドで倒れたのだろう。
「・・・はあ、やらかしたなぁ」
自分の不甲斐なさに呆れて思わず声を出す。
すると、急に喋りだした僕に驚いたのか、額の手はピクッと動いた。
「あの・・・、大丈夫ですか?」
若い少女の声が頭上から聞こえた。
よりにもよって僕は女の子に助けられたのか、なんて情けない・・・。
家族に聞かれでもしたら一晩中笑われるに違いない。
「大丈夫、とは言えないです。迷惑をかけて本当にすみません・・・」
「いえいえ!私の近くにいた人たちがあなたを助けたようなもので、私は看病以外に特に何も・・・。それに、『困ったときはお互いさま』ですよ!」
少女は特に何もしてないと謙遜しながら、周りの人の活躍を素直に褒める。
・・・いい子だなぁ。
目は未だ塞がれているから少女の姿を見ることは出来ないけど、声の感じから多分十代半ばあたりではないかと思う。
その頃の僕は擦り切れていて、周りを見る余裕なんかなくて、周りの人に当たってばかりだというのに、看病してくれている少女はまるで僕よりも年上なんじゃないかと思うぐらいに考えが大人びていて関心してしまう。
・・・きっと、僕のような人とは正反対の生き方をしているんだろうな。
「もう少ししたら助けてくれた人たちが氷を持ってきてくれると思いますので、それまで私の手で我慢してください」
目を閉じているのにキザな顔でニヤリと微笑んでいる少女の表情が見えた気がした。
最初はひんやりと感じていた手は、僕の体温に当てられてか少しぬるくなっていた。
我慢なんてとんでもない!知らない少女から看病してもらえるなんてビッグイベントは、この生涯で二度と味わえない特別な物だ。寧ろずっとこのままでオネガイシマス。
・・・でも、なぜだろうか、何処か懐かしく感じる。
「ど、どうかしましたか!どこか痛い所でもありますか!」
「・・・はい、ちょっと目にゴミが入っちゃって」
気づいたら閉じていた瞼から涙が流れていた。
あまり心配されないように誤魔化したが、どうしていまさら涙なんて・・・。
「あっ、来てくれましたよ!」
どうやら、僕をここまで運んでくれた人たちが氷を持ってきてくれたようだ。
少女と二人きりの時間がすぐに終わってしまって少し残念である。
「では、私はこれで失礼しますね」
「あっ、ちょっと!」
顔も見らずに感謝の言葉を告げるのは流石に無礼だと思った僕は目を開こうとして・・・。
「うっ!」
長い間閉じていた瞼を急に開いたせいか、太陽光と涙で視界が滲んだ。
瞼をパチパチと開閉することで、どうにか視力が戻って来たが・・・。
「・・・あれ?」
周りを見渡しても、女の子の姿は見えなくなってしまっていた。
「お、起きたか坊主」
「急にぶっ倒れるから心配したんだぜ」
大量に氷を抱えた、二人のスキンヘッドマッチョマンが僕へと声を掛けた。
見た目からしてゴツく強面だったので、普段の僕だとビビりまくっていたが、少女の行方が気になっていた僕はそんなことを気にせず、前のめりになりながら尋ねる。
「すみません、僕の傍にいた女の子がどこに行ったか見てませんか?」
「ん?女の子?いや、初めから坊主の傍に女の子は居なかったぞ?」
「え・・・?」
初めから僕の傍に居なかった・・・?
「熱に浮かされて幻でも見たんじゃねぇか?」
「ちげぇねぇわ」
「そんなことは・・・」
幻・・・だったのだろうか。
でも、僕の額にはまだ、少女の手の温もりがほのかに残っているような感じがしていた。
これが、僕と彼女が馴れ初めで、この夏に起こった小さな奇跡の幕開けだった。
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