機械の鼓膜

冴牙雅

1

 公園の中央で眠る人型の鉄塊。

 膝をつき、首を垂れている。

 動く気配のないそれを、我々は鎖で縛り、平和の象徴とした。


 今から丁度百年前、世界で何万もの人の命を奪ったこれは、音楽家であり、同時に発明家であった曽祖父が軍の依頼を受けて、苦心の末作り上げた殺戮兵器であった。

 曽祖父が指揮する軍楽隊の、勇ましい軍歌に合わせ、敵兵を次々と惨殺するその姿はまるで古の神話に聞く鉄の巨人のようだったと言う。

 たったの一機で我が国に勝利をもたらされたそれは、英雄であると同時に、過剰兵器と人々に恐れられた。


 開発者の死と同時に、その兵器は内部のコンピューターが停止した。

 過剰兵器の停止は一種平和の象徴であり、今もこうして平和記念公園に鎮座している。


 今日は終戦百年の記念日だ。

 この強力ながらも恐ろしい力を持つ、忌むべき鉄塊を生み出した発明家の曾孫である僕は、偶然ながらも平和記念公園で行われる記念公演に、ピアニストとして呼ばれることとなった。

 僕には発明の才能こそ無かったが、曽祖父の音楽の才だけはしっかりと受け継いでいたらしい。


 僕は曽祖父の発明が本当の意味で平和を齎したとは考えていない。

 綺麗事のように聞こえるかもしれないが、多くの人間の血を吸ったその鉄の塊が平和の象徴だと、僕はとてもとても思えないのだ。

 血をもってのみ収められた戦争に、勝利に、そして結果として残った平穏に、本当に喜ぶべき平和があると言っていいのだろうか。


 だが、僕にそれを主張する力はない。

 だからせめて、平和を祈るこの場を借りて、ささやかな償いと鎮魂をしたいと思う。父の代わりに、せめてもの贖罪を僕が……。


 今日は父の作曲した軍歌――殺戮の証であるそれを、鎮魂歌にアレンジしたものを演奏することにした。

 最後の鍵盤を、平和への願いと共に叩く。


 ――ガチン。


 と、鎖の切れる音がした。

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機械の鼓膜 冴牙雅 @helvetica2

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