第2話
「おかえり」
ゆかりおばさん、最近頻繁に家に来る。
美味しいご飯もたべれるし、いろいろお話しもできるからいいんだけど、最近2日と空けずにくるから、私のペースを乱されているような気もする。
そんな事をちらっと思ったが、今日の晩御飯は、クリームシチューらしい。
まあよしとする事にした。
ゆかりおばさんは良いことがあったのか、いつもよりニコニコしている。
「瑠美ちゃん、あのね、今日からしばらく一緒に暮らさない?」
「えっ?何?どこで?」
「ここで」
「えっ~?」
「家賃も払うし、食事は担当するわ」
「う、うん、いいけど、なんかあったの?」
私は、食事を担当するという言葉に反応し、「うん」と言ってしまった。
どうも、旦那さまとの仲がよくなく、一緒にいたくないらしい。
いずれ、離婚するつもりらしい。
いつもよりニコニコしていたのはこの話しをしたかったんだ。
普段と違う顔をしてる時は、頼みたい事がある時なんだ。
そんな事で、ゆかりおばさんとの生活が始まった。
「おはよう」
「おはよう」
朝起きて、久しぶりにあいさつした。
そんな事もちょっと嬉しい。
両親が生きてる時はそんな事思った事なかったけど、亡くなってから気づいた事の一つだ。
家族がいて、一緒に暮らしているのは幸せな事。
朝起きて、何気ない会話ができるのも幸せな事なんだと。
「うわあ~、朝ごはんがある~」
「どうぞ」
「卵焼き美味しそう~、いただきます」
今日の朝ごはんは、卵焼き、お味噌汁、鮭とほうれん草のお浸しだった。
最近は、朝作るのめんどくさくて、ヨーグルトたべたり、卵かけご飯にしたりで、こんな豪華な朝ごはんはない。
朝から久しぶりにテンションがあがる。
「横川さん、おはよう」
「おはよう」
「あのね」
「えっ~、おばさんと一緒に?それは浅田さんにとって良い事?」
私は、横川さんにゆかりおばさんとしばらく一緒に暮らす事になった事を伝えた。
「う~ん、多分良い事」
「そう、それならいいけど」
「だって、おばさんの作るご飯美味しいし、本当は、一人ってちょっと寂しかったんだ」
「うん」
「家の中に誰か居るってなんかいいよ」
「うん、感じ方はそれぞれだし、まあ、美味しいご飯にも釣られたって事だね」
「そう、だね、今日も、美味しい卵焼き食べてきたよ」
「ふぅーん、うちは納豆。おばあちゃん自分の健康の為もあってか、朝は納豆と味噌汁しか出てこないよ、それでいいんだけどね」
「今度、うちに泊まりにおいでよ」
「行こっかな」
納豆も体にいいというし、美味しいけど、横川さんも美味しい卵焼きがちょっと食べたいんだなあと、思った。
「ただいま」
家の玄関に男の人の靴があった。
「だから、悪いと思ってる。反省してるんだ。やり直したい」
おじさんもゆかりおばさんもちっとも私に気づかない。
私は、玄関でその光景をぼっーと見てた。
「そういうのはもう聞きたくないの!帰って!」
おじさんは、何かを言い返す訳ではなく、ただゆかりおばさんをじっと見ている。
ゆかりおばさんはその沈黙に耐えられないみたいだ。
「あなたは、私の事をわかってない!わかろうとしなかったじやない、もう、もういいの、浮気の事だけせめてる訳じゃないの」
ゆかりおばさんは、そのまま泣き崩れてしまった。
「また、来る」
「あっ、瑠美ちゃんなんかごめんね、又、日を改めるよ」
玄関に立っている私におじさんはそう言って帰っていった。
この空気私は知っていると思った。たった1回だけど、お父さんとお母さん死んじゃう1ヵ月位前にけんかしてた。
あの時も、はりつめた、淀んだ悲しい空気が流れていた。
「おはよ、横川さん」
「どうした?元気ないよ」
「昨日、修羅場だったの」
私は、昨日のおじさんとゆかりおばさんの件を横川さんに話した。
「わかるよ、あれは嫌な空気だよね、私は小さい頃あの空気の中で育ったんだよ、酸素はあるのに酸素が薄い感じがして、体の筋肉がいつも緊張していて、嫌だったなあ」
「そっか、あれが頻繁にあったらきついね、横川さん辛かったね」
「うん、昔の話しだけどね」
私には、そう言った時の横川さんの目に涙が溢れてきてるように見えた。
どちらかというと、弱音をはかない性格だから、人前で多分、泣けないんだなあと思った。
ぜんぜん泣いてくれて構わないのにと私は思った。
おじさんもおばさんも、横川さんも、私もみんないろいろ抱えてるんだと思った。
だから、たまに美味しい卵焼きとかを食べる事が必要なんだと思った。
高価な食べ物じゃなくていい。
手軽に食べれる自分の好きな美味しい物を食べる事は大切な事だ。
しばらくおじさんは来なかった。
ゆかりおばさんもその話しはしないし、私も何となく聞きづらいからよくわからなかった。
その日は、梅雨特有のじめじめした嫌な天気だった。
私は、横川さんといつものパスタのお店でランチを食べていた。
パスタのお店だが、ランチのメニューにオムライスがあったので、今日はオムライスにした。
横川さんは、懐かしのナポリタンというのを頼んでいた。
何となく、横川さんの元気がなかった。
「なんかあったの?」
「ん?」
「元気ないもん」
「あぁ、うん、実はさ、いとこが死んじゃってさ、私より1コ上なんだけどさ、ちょっといい奴だなって思ってて。最後に会ったのは中学3年の時なんだけどさ、なんかショックでさ、昨日もそんな事ぼうっーと考えながら歩いてて、マクドナルドが見えてお店入って、チーズバーガー頼んでて、座って食べて、涙が止まらなくなって、すごく悲しいのに、チーズバーガー美味しいなあと思ったりして、いい奴だったから何かがうまくいかなくって、自殺したのかなあとか思って、もう会う事はないんだなあとか、悲しいなあとか、チーズバーガー美味しいなあとか…」
横川さんの辛さが伝わってきた。
始めて横川さんの涙を見た。
「わかるよ、私わかるよ、そういうの」
「うん、ありがとう」
その日は、今自分達のいる場所が、お店だとか、そういうことは何も関係なかった。
横川さんは、もうあのいとこがこの世界のどこにも居ないという事が辛いと言って、泣き続けた。
私達は、泣きながら、オムライスとナポリタンをそれぞれ食べた。
逃げ出したい現実は普通にある。
たまに、どこにも逃げる場所がない時もある。
それでも、生きていたいと思う。
たいした人生じゃなくても、たまに美味しいなあと思うくらいの人生で、それでいいかな?なんて思う。
そのうち、棚からぼた餅的な事があるかもしれないし、ないかもしれないし。
頑張って疲れたら、睡眠は幸せに感じるし、それでいいと思う。
「瑠美ちゃん、今日は無口だけど、何かあった?」
ゆかりおばさんが、心配してくれた。
いろいろ考えて答がでた。
「あのね、おばさん、私やりたい事がでてきた」
横川さんのいとこの話しとかいろいろな事ぐるぐる考えているうちに、私は、どんな人生を送りたいんだろうとか考えた。
私は、何をしている時が楽しいのだろう。
何か自分のしたい仕事とかないのだろうか?とか、そんな時、ゆかりおばさんが
「今日は、オムライスよ」と、言ってニコッと私を見た。
これだ!と思った。
私、美味しいもの作る人になりたい。
料理を作る人になりたい。
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