青天の霹靂
絹 さや子
第1話
私は、何も持ってない。
みんなが、普通にしているLINEとかもしてないし、頑張りたい仕事、なんでも話せる友達、自分の絶対的な味方の両親。
将来の夢。
ないものだらけ。
ただひとつだけ助かっているのは、両親が事故で亡くなり、残してくれた遺産。贅沢しなければ、何とか生きていけるくらいのお金。
ありがたいけど、寂しい。
こんな私でも、両親が生きていた頃は、安心できる場所があった。
特別仲がいい家族というわけではないが、一人娘の私はまあまあ大切に育てられてきたと思う。
同級生の親より、少し歳が上の自分の親のために、高校をでたら働こうと決めていた。
いや、違う。
学校生活うまくいってなかった。
若干、仲間外れにされているような感じで、いじめられているのかといえば、それとは違う感じで、何か中途半端な寂しさがいつもあって、そこから早く違う場所に行きたくて、働こうって、思ったんだ。
大学とか行って、また集団生活とか怖かったんだ。
確かに、仕事も集団生活だけど、出来るだけ小さな規模の会社に就職して、地味に生きて行こうと決めていたんだ。
なのに、何故か
まあまあ大きめの会社の事務で働く事になってしまった。
どうせ、落ちるだろうと思って受けた会社がたまたま受かり、それを両親がとても喜び、私は、ちっとも嬉しくなかったけど、両親にそこの会社は嫌だと言えなくて、言えば、理由を聞かれるから、学校での自分の生活とか、本当にそういうことを話したくなくて、めんどくさくて、嫌だなと思いながら、そこの会社で働く事にした。
ロッカー室での何気ない会話とか、本当に苦手だ。
人とのかかわりが苦手だから、パソコンとか、得意になれたらと思っていたが、もともと相性悪く、ちょっと頑張ればすぐに、頭痛がしてくる。
私、この会社も仕事内容も向いてないなあ。でも向いてるものも思い浮かばないなあ。
困ったなあと、毎日思っていた。
嫌だ嫌だと思いながら、2ヵ月が過ぎた頃、両親が交通事故で、あっけなく死んでしまった。
カーブの強い道で、ガードレールを越えて転落。普段、慎重な運転の父親がどうして、そんな運転をしたのか、さっぱり理解できなかった。
会社は、2週間位休み、又、行き始めた。
葬式とかは、母親の妹のゆかりおばさんが、いろいろしてくれた。
私は、すごく悲しいのに、涙が出なかった。
心に空洞のようなものができて、それをどうしたらいいかもわからなくて、相談する友達とかもいなくて、ゆかりおばさんは、最初優しかったけど、あまりにもする事の多さに疲れてしまったのか、最後の方は、何か嫌な感じを受けて、相談できる感じじゃないし、いろいろ葬式とかやってもらえただけでも、ありがたいと思わなきゃいけないし。
ただ私には、頼る人が一人もいなくなってしまったのだ。
そしてその悲しみを言える場所が、人が、誰もいないということが、本当に寂しかった。
会社では、みんなすごく気を使ってくれてる感じがした。
ただ、気を使ってくれてるのはわかるんだけど、会社の人も、どう接していいの迷ってる感じが伝わってきた。
私もどうしたらいいかわからなくて、決められた仕事をただこなし、誰かと会話をするでもなくて、時間がきたら、帰宅し、そこから何の発展もしそうにない毎日を過ごしていた。
自分でも、本当につまらない人間だと思う。
まだ若いのに、未来に何の希望も持っていない。
持とうとしない。
希望を持つ勇気が足りないみたいだ。
傷つくのはこわいから。
浅田瑠美、19歳。
両親なし。友達なし。彼氏なし。希望なし。とりあえず仕事には行っている。
本当にただ行っているだけだけど。
仕事も、本当は行きたくないけど、仕事辞めたら一人きりの時間がすごく増えてしまうし、それがつらいから、行きたくないけど行っている。その方が少しだけましだから。
「なんか、苦手なんだよね、浅田さん」
「わかる、何か疲れる、何考えてるか、ぜんぜんわからないし」
「自分の話しもぜんぜんしないし、話しに入ろうともしてこない」
「やっぱり、両親の事で少し病んでるんじゃないの?」
「私、浅田さん、嫌いだわ、テンシヨンさがるもの」
ロッカー室の前で聞いてしまった。
私の事をみんなが言っていた。
いい風には、言われてないとは思っていたけど、実際聞いてしまうときつい。
普段飲まないコーヒーを飲んで、気持ちを落ち着かせ、時間を潰す。
時間を潰す為に会社に来て、又、ここで時間を潰して、時間を潰してばかりいる。
何してるんだろう、私。
ちょっと情けなくなった。
「浅田さん、嫌いだわ」
けっこう傷ついた。
私も自分の事嫌いだけど、やっぱりショックだ。
何となく、スーパーに寄って、クリームシチューの素を買って帰る。
クリームシチューは暖かくて、優しい味で、大好きなのだ。
今日は、自分に優しくしてあげたい。
でも、それはコンビニとかでお弁当を買うのではなくて、じゃがいもの皮をむいて、ひとつひとつ丁寧に準備して、コトコトコトコト時間をかけてちゃんとしたクリームシチューを食べたいのだ。
どうしてかわからないけど、そうしたいのだ。
そして、クリームシチューを食べて美味しいなあと思いながら、多分泣きたいんだと思う。
思いっきり泣くためにクリームシチューを作るのかもしれない。
泣きたい分とクリームシチューの美味しさは比例しているべきなのだ。
昨日の事もあって、朝、ロッカー室の前で立ち止まる。
「浅田さん、親の生命保険いくら入ったんだろうね?」
胸が、ズキンとした。
「何してるの?」
更衣室のドアの前でじっとしている私に、前田先輩が不審な顔で私を見て、更衣室に入って行った。
私は何となく、後ろを歩いて更衣室に入った。
「みんな、私の悪口言うんだったら、私のいないところで言ってね。100%私の耳にはいらないようにして。聞きたくないから。それくらいの気は使ってよね、以上」
前田先輩はそう言い、着替えをはじめている。
前田先輩は、普段から誰ともあまり仲良くしている感じは見受けられない。
年齢も10歳位上で、仕事も出来て、凛とした雰囲気があり、みんなから一目置かれているような感じがある。
ちょっと独特の空気が更衣室に流れているが、前田先輩は全く気にしてない感じだ。
みんな気まずいみたいで、更衣室には、私と前田先輩だけになった。
「ありがとうございます」
話しかけたりするの苦手だけど嬉しかったから、そう言った。
「別にあなたの為に言った訳ではないの。私はそう思ったからそう言ったの、私は自分の為に生きるって、決めてるから」
「あっ、はい…」
強い人だ、あんな風に自分の気持ちをまっすぐ言えるって、私とは違いすぎる。
それに、自分の為に生きる?私もいちお自分の為に生きてるつもりだけど、なんかひっかかる。
10歳上の前田先輩。
あんなかっこよくは生きられない。そっか、前田先輩の事、ちょつとかっこいいって、私思ったんだ。なんて考えたりした。
自分の人生をどうやって生きていったらいいかなんて、怖くて考えられない。
今の自分がこんな状態で、幸せな未来なんて想像しようがない。
何かとんでもない奇跡が起これば別だけど、その奇跡が起こるなんて、やっぱり想像できないし、幸せな未来は産まれたときからある程度決まっていて、まわりに幸せな人が多ければ自然とその波に乗っかり、そうじゃなければ幸せは程遠い気がする。
私だって、小さい頃はまあまあ幸せな方にいたと思う。
いつからかそこから、外れちゃって、親は死んじゃうし。
こんなに惨めだし、悲しいし、寂しいけど、なんか、人に可愛そうだと思われるのは何か嫌だ。
でも、最近、可愛そうという事にした方が楽かなあなんて思ったりする。
堂々巡りのどうしようもないこの頭の中を変えたい。
私だって、本当はこのままでは嫌だし、変わりたいんだ。
いろいろな話しの出来る友達もいて、泣いたり、笑ったり、一緒にしたいんだ。
そんな友達が一人でいいから欲しい。
そうしたら、多少辛い事があっても、クリームシチュー作るより先に、友達に話すんだ。
そして、明日も頑張ろうってきっと思えるんだ。
そんな素敵な事を私は知らない。
だから憧れる。
友達とか、親友とか。
少し違うんじゃない?
もう一人の私が問いかける。
高校の時、急に誰も話して来なくなったでしょ?あれは何?
人は急に冷たくなったり、裏切ったりするものじゃないの?
そういうの怖いんでしょ?
ため息がでる。
私も幸せになりたい…。
いろいろ怖いけど、もう一人は嫌なんだ…。
「おはようございます」
昨日決心した。
そんな大袈裟な事ではないけど、笑顔でおはようございますを言おうと思ったんだ。
仲良くしてほしくて、笑顔ってどうかと思うけど、それぐらいしかできない。というか、笑顔もけっこう難しい。
慣れてないのと下心があるからなのか、ちょっとひきつる。
ずっと笑ってなかったから、笑う筋肉がうまく使えない。
それでもしばらく頑張ってみる。
最初はみんなちょっと冷たい目で、「おはよう」と返してくれる感じだった。
何日かして、突然、同期の横井さんから話しかけられた。
「ランチ、今日一緒に食べない?」
入社して、仕事以外で話しかけられた事のない私は、すごくびっくりした。
びっくりしすぎて固まってしまった。
「はい」
無表情でそう答えるのが精一杯だった。
でも嬉しい。
「お昼いつもどうしてるの?」
お昼休みに横川さんがそう聞いてきた。
「コンビニで買って、公園とか会社で食べてます」
「そう、パスタのお店行こうと思うんだけど、それでいい?」
「はい、大丈夫です」
「う~ん、同期なんだから、もうちょっと気軽に話そうよ、敬語はやめよう」
「はい、わかりました」
「まあいいや、行こっか」
「はい」
そんな感じで二人で歩いて行った。
パスタのお店は、白に薄いピンクが少し使ってあって、ちっちゃなお城って感じの、いかにも女の子が好きそうなお店だった。
前から、可愛いお店だなと思っていたけど、一人で入る勇気がなかった。
だから、そういった意味でも嬉しかった。
家族以外の人と外食、仕事中のランチだけど、初めての経験だ。
かなり緊張しているけど、私にもランチを誘ってくれる人がいるという事が、こんなにも嬉しいという事を知った。
その日のパスタは、ほうれん草とチキンのクリームパスタを頼んだ。
クリームはあっさりめだけど美味しかった。
横川さんは、カルボナーラを頼んだ。
今度はカルボナーラを頼んでみたいと思った。
今度があるといいなあなんて、思った。
久しぶりに気持ちが弾んでいる。
「ねぇ、大丈夫なの?気にはなってたけど、デリケートな問題だから今まで聞かなかったけど」
どうも両親が亡くなった事、少しは心配してくれていたらしい。
大丈夫と言って笑うつもりだったのが、顔はひきつり、涙が出てしまった。
「あれ、おかしいなあ、大丈夫なんだけど」
「いいよ、泣いても、私でよければ話し聞くし」
「ありがとう」
横川さんは、優しかった。
それから、会社でのランチは横川さんと行くようになった。
昨日のテレビの話しとか、好きな食べ物とか、そんな話しも私は楽しかった。
「日曜日とか、休みは何してるの?」
横川さんに聞かれ、
「家でのんびりしてる、横川さんは?」
私もかなり普通の会話に最近慣れてきた。
「私は、高校の友達と会ったりとか、かな」
「そうなんだ」
そうか、高校の友達か、私いないもんなあ。
心の中でそう思った。
午後の仕事中、喉が渇いて席を立った瞬間話しかけられた。
ロッカー室で私の話しをしていた人達の一人だ。
「最近、横川さんとランチ行ってるんだね。前は、私達とランチ行ってたけど、彼女自分の私生活とか何も話さないんだよね。お互い、話さないどうし、会話成り立つの?」
私は何も答えなかった。
こういうのを嫌味というんだなあと、わりとのんびり思っていた。
でも、私といる時の横川さんは、何でもはっきりと話すし、優しさもある。
それに、彼女達みたいな嫌味は言わない人だ。
彼女達より人間として上等だよと思った。
お茶を飲んで一息つき、仕事に戻った。
「浅田さ~ん、これ、全部コピーお願い、急ぎなの、ねっお願い」
「はい」
時々、自分の仕事意外の仕事も入ってくる。
本当は嫌だと言いたいけど、言える訳がない。
「頑張ってるわね」
この上から目線の言い方は前田先輩である。
前に、ロッカー室の件以来、好きな先輩だ。
この人は筋が通っていると思ってから、上から目線で言われても、ぜんぜん嬉しい。
「はい」
「浅田さんは、仕事遅いけど、間違いが少ないし、丁寧な仕事をするわね。慣れて来たら早くなるわ、頑張って」
「はい」
嬉しかった。誉められた、私。
嬉しくて、次の日、その話を横川さんにしたら、微妙な誉められかただねとすごく楽しそうに笑われた。
私も何か楽しくなって一緒に笑った。
最近、いろいろある。
嫌味言われたりもするけど、良いこともある。
私の人生、やっと活気づいてきた感じがあってすごく嬉しい。
日曜日の朝、珍しく早く目が覚めた。
おはようと言い合う相手はいないけど、そんな人いっぱいいる。
たいした事じゃない。
最近そう思えるようになった。
洋服でも買いに行こうかなと思った。
いつもは、ネットで買うけどたまには、外を歩きたい気分なのだ。
支度をして出かけた。
地下鉄を2駅乗ったら、まあまあのデパートがある。
そこにいけば多分なんでもある。
こういうデパートに一人で出掛けたの2回目だ。
あの時は、緊張で挙動不審な感じになってしまった。
今回も若干挙動不審で、少しドキドキしながら、デパートの中をキョロキョロしていた。
そんな時、すごい偶然で横川さんを見かけた。
友達と一緒だと、私緊張するから、少しずつ距離を縮めて、近づいて行った。
何か、私、ストーカーみたいだなあと思いながら。
「あっ浅田さん」
横川さんの方が気づき、声をかけてくれた。
「一人?」
「うん」
横川さんも一人だったので、一緒にモスバーガーを食べる事にした。
横川さんが、モスバーガーの海老カツバーガーを食べたいらしい。
それで、私も同じ物を頼んだ。
モスバーガーって美味しいなあって、この時覚えた。
「高校の友達とモスバーガーよく来るの?」
珍しく、私の方から質問していた。
ちょっと間があいて、
「ごめん、見栄はってたの、高校の友達、私もあまりいないの。だから、モスはいつも一人で来てるわ」
私もちょっと間があいてから、
「そうなんだ」
「私の親、中学の頃、離婚したの、それでゴタゴタして、私は、おばあちゃんとそれから暮らしてるの、それで、私、ちょっと被害者ぶっちゃって、いじけてたの。そしたら、だんだん友達居なくなって」
「うん」
「だからかなあ、浅田さんの事が気になったのかな?自分を重ねたのかな?なんかごめん」
「うん、なんかわかるよ」
「怒ってる?」
「怒ってないよ」
「じゃあ、友達になってくれる?昼のランチだけじゃなくて」
「うん、友達なりたい。私、友達欲しかったの」
「浅田さん、目、まん丸になって、おちそうだよ、おちついて」
急にテンションが上がった私に、横川さんがそう言った。
私の今までの人生で一番テンションの上がった瞬間だと思った。
家に帰ってから、横川さんの事を考えた。
いろいろあるのは、私だけじゃないと思えた。
それに友達があまり居ない事を隠したい気持ちもわかるし。
私だって、実際みじめでも、そういう風に見られるのは辛い。
でも、友達が出来たんだ。
この前まで無理だと思っていたのに、ちゃんと出来たんだ。
嬉しい、大切にしたいなあと思った。
それに、モスバーガー美味しかった。
夕飯何作ろう?
そうだ、オムレツにしよう。
半熟のフワトロの卵に、野菜サラダ作ろう。
あっ、玉子固まっちゃう、難しいなあとか、言いながら、作った。
一つ良い事があると他の事もなんかキラキラしてくる感じ。
じゃあ良いこと一つあれば、永遠にキラキラするのかなあ?
いや、それは極端すぎだよね。
いつもはあり得ないポジティブな考えが頭に浮かんだりした。
会社に行くのも嫌じゃなくなっていた。
むしろ、楽しいかもしれない。
辞めなくてよかった。
あの頃は、会社行きたくなくて、毎朝半泣きになりながら、なんとか行ってた。
変わるもんだなあ。
他人事みたいに思った。
明日のランチは何食べるんかなあ。
そっか、会社が楽しくなったんじゃなくて、横川さんとのランチが楽しみなんだな。
それで、充分だ。
なんなんだろう?このちょっとほわっとした暖かい気持ち。
胸の辺りを誰かが優しく撫でてくれてる感じ。
うまく言えないけど絶対的な安心感。
今まで感じた事のないこの感情が嬉しかった。
「瑠美ちゃん、おかえりなさい」
会社から帰るとゆかりおばさんが台所にいた。
鍵もってたんだ、と思いながら「ただいま」と答えた。
「ごめんね、勝手に上がって、たまには瑠美ちゃんの顔みがてら一緒にご飯食べようと思って、バターチキンカレー作ったの、食べよう」
「うん、ありがとう」
「どう、ちゃんと食べてる?」
「うん、食べてる」
お母さんの妹のゆかりおばさん。
結婚はしてるけど子供はいない。
お母さんに比べて、いつもヘアースタイルを変えたり、ちょっと素敵な洋服を着てたり、おしゃれな女性だ。
よく家にも遊びに来てみんなで一緒にご飯を食べたりした。
ここに、お父さんお母さんが居ればいつもの風景だけど、2人共もういない。
今更だけど、その現実にやっぱりうまく馴染めない。
「仕事はどうなの?」
「うまくいってるよ」
「彼氏出来た?」
「えっ~、出来ないよ、友達なら出来た」
「ふぅ~ん」
「それだけ?友達出来て結構喜んでいるんだけど」
「私、友達興味ないの」
「どうして?」
「ん~、正確に言うと、女同志の友情なんて薄いと思うんだよね、信じられるのは自分だけかな?」
何か、今の私にとっておもしろくない言葉を言う。
テレビから懐メロが流れてくる。
"これも愛、あれも愛、たぶん愛、きっと愛"
「ほら、愛が信じられなくてこういう歌詞になるんじゃない」
「よくわからないけど、この部分だけ聞くと、全てが愛と言ってるんじゃない?」
「えっ~、瑠美ちゃんそうとる?」
「うん」
そういってお互い笑いだしてしまった。
同じ物を聞いても、感じ方はぜんぜん違うんだ。
おばさんの作ったバターチキンカレーは美味しかった。
その日の夜、お母さんの夢を見た。
両親が亡くなってから、私はこの夢をたまにみる。
それがちょっと変な夢で私はお母さんの後をつけて歩いている。
お母さんは、ぜんぜん私に気付かず、どんどん歩いていく。
スーパーにお母さんが入っていく。
お母さんがいちごを買っている。
それを見て少し安心する。
いちごは私が大好きでお母さんがよく買ってくれる果物だから。
そこでいつも目が覚める。
「私、又昨日、お母さんの夢見ちゃった」
会社のお昼休み、横川さんとパスタを食べている。
横川さんには何回かこの話しをした事がある。
「そうなんだ、同じ夢っていうのが不思議だね、浅田さんのお母さんってどんな感じのタイプだったの?」
「う~ん、私にいつも優しくって、学校の話しとかなんでも聞いてくれて、だからかなあ、逆に私何でも話せなくって。もっとヒステリーなお母さんだったら、その勢いで私も何でも言えたかもしれない。勝手だなぁ、私。あっ、でも、死んじゃう1ヵ月位前にお父さんとすごいけんかしてた。あんなの初めてだったなあ。なんだったんだろう?」
「なんだろうね?でも、浅田さんは愛されてたんだね。ちょっと羨ましいなあ」
「ん?」
「私の親なんて自分達の事ばかり。いつもけんかして、その結果二人とも私の事まで、ほかっちゃうんだもん。おばあちゃんがいたからよかったけど、いなかったら最悪だよ」
「そっか、今は会ってないの?」
「ぜんぜん、会っても話したくないしね」
「うん、そうだね」
私は、何とか横川さんを励ましたかったけど何て言えばいいのかわからなかった。
横川さんは、すごくクールに自分の親の話しをするけど、本当はすごく辛いと思う。でも私には、何もできない。
それが何かとても悲しくて、目の前の友達が辛いことがあるのに、何もできないのが本当に悲しかった。
辛いことがない人生にはならないのかなあ。みんなで何とか助け合って、みんなが幸せになれる人生にはならないのかなあ。
もし、そんな事か可能なら私頑張るけど、やっぱり無理なのかなあ。
頭の中で、そんな考えがぐるぐるしていた。
最近、ゆかりおばさんが家によく来る。
今日は、煮込みハンバーグを作って待っていてくれた。
いつも夕飯は、一人で食べてるから、おばさんがくるのが、ちょっと嬉しかった。
美味しいご飯が作ってあるのも嬉しいし、何より、いろいろなお話しができるのが嬉しい。
お母さんがいた頃は、あまり話しをしてなかったけど、最近おばさんとの距離がぐっと縮まった気がする。
「あのね、友達を励ましたいけど、何て言葉をかけたらいいかわからないの。おばさん、相談にのってくれる?」
「えっ~なんか面倒だなあ、励ます言葉が見つからないって、励ます言葉がないって事じゃない?」
「ん?」
「励ます事はできないって事」
「そうなの?」
「なんで、そんなに励ましたいの?瑠美ちゃんが困る訳ではないでしょ」
「そうだけど、助けたいの」
「助けるって、また変だね、彼女の問題は彼女しか解決できないと思うよ。瑠美ちゃんが解決しても、彼女のためにもならないよ」
「ん~、おばさん、何か冷たい、そんな難しい話しをしてる訳じゃないのに」
私は、何か面白くなかった。
「電車でお年寄りが立っていたら、席をゆずるのはよくて、友達が辛そうにしているのに助けるのは良くないって事?」
「瑠美ちゃん、むきになってるね、助けてあげるのは悪い事ではないけど…私はしないかな。私だったら…見守るわ、そこまでしたい友達は今いないけど」
「見守る?」
「そう」
そういう方法もあるんだなあと思った。
ゆかりおばさんに相談すると、最初頭の中ひっかき回される感じするけど、最後には落ち着いて、相談してよかったと思う。
お父さんもお母さんももう居ないけど、ゆかりおばさんが居てよかった。
ゆかりおばさんとつながっていて本当によかったと思った。
今日もおばさんのつくった煮込みハンバーグは美味しかった。
そんな風に呑気でいられないような、いや、ちょっと嬉しいような、なんかちょっと複雑な事態がやってきた。
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