ウレタカジツ(4)

 


それは認めざるを得ない。


覇王達のことは隠したままにせよ、鍛錬については上手く話を取り次いでくるだろう。

 と、確信のあった覇王は鼻で笑う



「ま、俺の方が間違いなく美男子だけどな。

華々しいし、うん。」



 思わず漏らした独り言が、体に染み渡るように心地が良い。覇王はにんまり笑う。



「あ、あの……。」



 険しい顔を浮かべたと思えば、謎の独り言に笑みを浮かべる術者に、藤堂は心配そうな面持ちを向ける。



「藤堂さん、あんな人にかまけてたんじゃ、大事な鍛錬の時間が勿体ないです。

あんな遅刻するような常識知らずの人、無視して続けましょう。」



「しつけぇんだよ、悪かったって言っただろ。」



 鍛錬に遅れたことを、女々しく指摘されることに覇王は唾を飛ばし言い返すが、沖田は涼しい顔でそれを受け流した。


焦るのは藤堂一人。


 覇王との鍛錬が始まってから、こんな言い争いの繰り返しで、何も学べていないように思えた藤堂は肩を落とす。



 沖田と歳の近くある、この青年は真面目であった。



 何事もこつこつと努力を積み重ね、成果を導き出そうとする、そんな勤勉さは近藤だけでなく、隊の誰も彼もが褒め称えるほどだ。


 そんな彼からすれば、鍛錬の時間にこの茶番は気が遠くなるほどの苦痛に思えた。


 楽しくないとまでは言わない。仲間との談笑は、息抜きになることを藤堂は知っている。


 ほんのわずかであれば。



 と、口喧嘩の収拾が手につかない状態の二人から、彼はそっと離れた。



 もうこれは鍛錬とは呼べない。

 


霊力の稽古より談笑の方が割合を上回っている。



 どっとした疲労が幼さの残る青年の肩にしがみつく。


 何の結果も残せてはいないが、これなら鈴音に稽古をつけてもらっている方が、有効的な時の使い方に思えてならない。


 当初は彼女に鍛錬の指導が務まるのかと、藤堂は内心に疑っていた。だが、そんな疑いや心配は初日の汗とともに流れてきえた。

 がさつなことに違いはなく、納得のいく物の説明かと言われると、話の内容が内容だけに確実な知識や成果には結びつけられていないが、それは鈴音だけの問題とは言い切ることができない。


 その内容を除けば、彼女の教え方は普通であった。


 うまく言葉に直せないような感覚的なことも、できうる限り言い表そうとする様も、時折見せるぶっきらぼうな優しさも備えている。


 そうして何より、覇王のように彼女は短気を起こさない。それはまだ始まったばかりの鍛錬であるからかもしれないが、数回の内一度たりとも苛立つ素振りを見せてはいない。


 昨日のことだというのに、鈴音との鍛錬の時がやけに懐かしく思える。


 藤堂は自身の掌を見つめた。


 華奢な体つきには似合わない豆だらけの分厚い手をしている。



 これがなければ、「魁先生」といった異名がつくことはなかったはずだ。



 これがあるから、死番でさえも怯むことなく駆け出せる。



 藤堂は、覇王と未だ言い争う沖田の掌を盗み見た。


 体のつくりに添った線の細い手だ。僅かにたこや豆が見られるが、藤堂とは比なるものである。


 彼は握り拳をじんわり開く。無意識に固く握っていた手は、白から赤に色を変えていく。


 でこぼこで柔らかさのない手。


 これがなければ。


 ここまでなければ。


 あの背には並べない。


 覇王と向き合い、飄々としている者の背を藤堂は見つめる。


 手の内にある豆の皮が、少しばかりささくれているのに気がつく。


 彼は再び握っていた拳を開くと、豆の皮をつまみ、一気に引き剥がした。


 瞬間的な痛みと、じんわりとした刺すような痛みが、血の滲む箇所に広がる。



 結果を出したい。



 誰よりも先に。



 ドンナケッカヲ。



 ……。



 沖田さんよりも……。



 ダレノタメニ。



 ナンノタメニ。




 藤堂は、未だ形の残る掌の小さな山に噛みついた。


 と、同時に外から声がして障子が開かれる。



「皆、やってるかな。」



 一同が同じ方向を向くと、近藤が後ろ手に障子を閉めているところであった。

 いつもと変わらないにこやかな笑みを見せる近藤の登場に、沖田と覇王の言い争いは失われる。



 場の空気を陽に変える男だ。



 覇王は口角を緩める。


 部屋に入り込んできた太陽は、余すことなくその場を照らしていく。



「近藤さんっ。」



 嬉しそうに駆け寄る沖田は、先ほどの陰湿さを欠片も感じさせない笑みを見せている。


 無邪気。


 ただその一言に尽きるような笑顔だ。


 疲労の滲んでいた藤堂でさえも、穏やかな様子で近藤達を眺めている。



「聞いて下さい、近藤さん。

この人、全てを司るなんて粋がってますけど、全然教え方が上手じゃないんです。

凄く下手くそなくせに、すぐ私たちを怒鳴り散らしてくるんです。

これじゃぁ一生懸命励もうとしても形無しにしかなりませんよ。」



 座した近藤の隣りに、腕が触れるくらいの位置で腰を下ろした沖田は


「そうでしょう、藤堂さん。」と、藤堂の顔を覗き見る。



「えっ……。

いや……。」



 沖田の言葉は正しいと言えば正しく、違うと言えば微妙に違う。



 まるで覇王にだけ非があるような物言いだが、そこに関しては確実に違っている。



 上から目線で乱暴な言い草や教え方であるが、それを助長させているのは間違いなく、不貞不貞しい沖田の態度や発言であった。



 だが、どちらをとってもどちらかには角が立つ。



 そう暑さもないなか、藤堂は額に汗が滲んでくるのを感じる。



「まぁまぁ。

お互い思うことはあるかもしれないが、それを理解し認め合うことを重ねる。

これ無しに、真の友好関係は築けないものだと俺は思っている。

だから、相手に対して不平不満があるかもしれないが、それはその都度、お互いにぶつけ合って知り得ていこうじゃないか。」



 大きな笑い声が部屋を包む。近藤が大口を開けて笑っている。

 いかなる者も状況も、その大きな器に掬い上げてしまう。そんな強さと脆さを背中合わせに備えている。


 肩を大きく揺らしている近藤の少し側で、藤堂は胸を撫で下ろした。


 意図したことなのか、そうでないのか。


 それは藤堂には測りきれないことだが、沖田に選択を迫られた自分を救ったのが近藤であることに変わりはない。


 そういう掴み所のない彼の優しさを、藤堂は尊敬していた。


 そうして、それはきっと自分だけではないはずと、彼にしては珍しく自信を持っている。 その自信を除けば、刀を手に真っ先に斬り込む勢いと白刃を切り抜けるための努力しか、彼は自負を持ち得ていなかった。



 いいや……それも違う……。



 藤堂は胸の内で首を横に振る。



 私が……いつでも先陣を突っ切れるのは……。



 努力で磨いた剣に自信がある訳じゃなく……。



 近藤と藤堂の視線が交じり合うと、背中の広い大将は柔らかな笑みを向けてくる。




 本当は……。




 本当は……。





 ……ホントウハ……。




 藤堂は近藤に向けて微笑み返した。




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茜空に咲く彼岸花 沖方菊野 @kikuno

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