ニンゲン(その2)
にちようび、ぼくとクロはいえでをすることにしました。
まず、うえのどうぶつえんにいくことにしました。クロがいきたいといったからです。ぼくはねこがどうぶつえんに行きたがるなんてへんだなあとおもったけれど、クロが「動物園に行きたがる猫なんて変だと思ってんだろ」といってきたので、あわてて「そんなことないよ」とくびをよこにふりました。クロは「嘘つけ」といって、いつもみたいにかーっと口をあけてわらいました。
にちようびだけど、おとうさんはおうちにいませんでした。ぼくはおかあさんとあさごはんをたべて、おかあさんがおひるねをしているあいだにそとにでることにしました。ねこはどうぶつえんにはいれないので、おおきめのリュックをせおってなかにクロをいれました。おうちにあったパンとのみものもリュックにたくさんいれました。ぼくが「たべちゃだめだよ」とクロにいうと、クロはちょっとむっとしたふうに「食べねえよ」とこたえました。
いえをでて十ぷんぐらいあるくと、うえのどうぶつえんにつきます。おとなのひとはおかねをだして『けん』をかわないとうけつけをとおれないけれど、しょうがくせいはむりょうです。まえにおとうさんとおかあさんときたとき、そういわれました。だからぼくは『けん』をかわないで、そのままうけつけをとおろうとしました。
「君、一人かな?」
うけつけのおばさんに、こえをかけられました。
ぼくはびっくりしてかたまってしまいました。ぼくはばかだから、いきなりはなしかけられるとあたまがあわあわしてしまうのです。
「パパとママは一緒じゃないの?」
いえでだとわかったら、きっとおうちにかえされてしまいます。どうしよう。どうしよう――
「おい」
リュックから、クロのこえがきこえました。
「中で友達が待ってるって、言え」
おともだち。そうか。それならへんじゃないかも。ぼくはすうといきをすって、口をひらきました。
「えっと、あの、えっと」ぼくはばかだから、ことばをだすのはとてもたいへんです。「なかに、ともだちがいます」
ぼくはどうぶつえんのなかをゆびさしました。おばさんはすこしむずかしいかおでぼくをみます。それから――やさしくわらいました。
「わかった。楽しんでらっしゃい」
やった。ぼくは「はい」といって、かけあしでうけつけをとおりぬけました。それからすみっこのめだたないところにいって、リュックをあけてクロにはなしかけます。
「ありがとう、クロ」
「なに。オレだけの力じゃねえよ。お前がちゃんと言えたからだ」
クロがぴょんとリュックからとびだしました。しっぽをぴょこぴょこうごかして、ぼくをみあげながらしゃべります。
「だから、馬鹿じゃねえって言っただろ?」
ばかじゃない。ぼくはうれしくなってにっこりわらいました。クロがてれたようにかおをそむけて、「行こうぜ」とあるきだしました。
◆
クロのあんないで、ぼくたちはいろいろなどうぶつをみました。
ころころしていてかわいいパンダとか、みあげているとくびがいたくなりそうなゾウさんとか、みていてとてもおもしろいです。でもいちばんおもしろかったのは、ぼくがどうぶつをみているとき、まわりのひとたちがみんなクロをみていることでした。
「ちょっと! こんなところに猫がいる!」
「ほんとだ。首輪してるから、どっかの飼い猫かな?」
ライオンのまえでおねえさんたちがクロをみてはしゃぎます。ライオンのことなんてぜんぜんみていません。クロはぷいとかおをそむけて、てくてくあるいておねえさんたちからはなれます。
「動物園に動物がいて、何がおかしいんだっての」
そのとおりだな、とぼくはおもいました。だからわらってしまいました。クロは「笑うな」とおこったふうにいって、それがまたおかしくて、ぼくはもっとわらってしまいました。
たくさんあるいたあと、つかれたしおなかもすいたから、やすむことにしました。いすとテーブルがたくさんあるところのいすにすわって、リュックからパンをだしてたべました。かにのかたちをしたパンです。
「疲れたな」
「そうだね」
「まあでも、曇りで良かったな。この暑いのに晴れだったらバテバテだったぜ」
クロがそらをみあげます。ぼくもおなじふうにします。おそらにはたくさんのもこもこしたくもがうかんでいて、たいようはほとんどみえません。
「やっぱ動物園は、こういう曇り空の日に来るのがちょうどいいな」
「どうして?」
「明るくて楽しい場所じゃねえからだよ」
「そうなの?」
「そりゃそうだろ。こんな狭い場所に動物を閉じ込めて見世物にしてるんだ。オレたち動物にとっては地獄みてえなもんだろ」
じごく。とじこめて、みせものにしている。たしかにそうだなとおもって、ぼくはしゅんとなりました。クロはきにしないでつづけます。
「まあ、お前たちは別に、動物を見に来てるわけじゃねえけどな」
ぼくはびっくりしました。どうぶつえんにどうぶつをみにきているわけじゃない。それは、とてもへんです。
「どういうこと?」
ぼくがきくと、じめんにおすわりしていたクロがぼくのひざにとびのりました。
「お前たちはな、動物を見ながら本当は自分を見ているんだ」
「じぶん?」
「そう。人間はなにをするのもそうさ。自分を確かめるためにやっている」
むずかしいです。ぼくは「むう」となりました。クロがぼくのむねにあたまをこすりつけておねだりをします。
「なあ、そのパン、オレにもくれよ」
ぼくはパンをちぎってクロにあげました。クロはおいしそうにパンをもふもふ食べます。ぼくはクロにいわれたことをいっしょうけんめいかんがえてみたけれど、わからなかったから、ぼくもパンを食べてわすれました。
◆
パンを食べたあとも、ぼくとクロはたくさんのどうぶつをみました。
おひるごはんのあとはたてものにはいってみるどうぶつがおおくて、それだとクロはおいだされちゃうから、リュックのなかにいれてつれていきました。リュックをちょっとだけあけて、いろいろなどうぶつをみせてあげました。うさぎやひつじをさわれるところにもいきました。たくさんのひとがクロにもさわろうとして、クロはとてもめんどくさそうにしていました。
ほとんどぜんぶのどうぶつをみおえるころには、ぼくはもうくたくたになっていました。ぼくはやすみたくてベンチにすわります。それからふうといきをして、ぼうっとします。
すわっているベンチのすぐちかくに、うけつけがありました。ぼくよりちいさなこどもが、おとうさんとおかあさんとてをつないでうけつけからでていきます。もうみんな、かえるじかんなのです。
「クロ、これからどうしようか」
ひざのうえのクロにそうだんします。クロはのびをしながらこたえました。
「そうだな。とりあえず動物園を出て、行けるところまで歩いてみるか」
「かえらないの?」
クロのおひげが、ピクリとうごきました。
「何言ってんだよ。オレたちは家出してるんだ。動物園に遊びに来たんじゃないんだぞ」
「でもおかあさんとか、しんぱいしてるかもしれないし……」
「してねえよ」
おひげをヒクヒクさせながら、クロがしゃべります。
「あいつらが喧嘩してるのは何回も聞いてるだろ。お前のことを押し付け合ってるの、分かってるだろ。だからオレはあんなクソみたいな家にいることねえと思って、お前を家出させたんだ。家出したお前をちゃんと心配してくれる親なら、お前はそもそも家出なんかしてねえ」
おとうさんもおかあさんも、ぼくのことはいらない。だからしんぱいしていない。ぼくはいいかえせなくて、だまってしまいました。
「じゃあ、行こうぜ。まずは寝る場所探しからだな。オレはどこでも寝られるけど、お前はそうはいかないだろ」
クロがぼくのひざからとびおりてあるきます。だけどぼくはベンチにすわったまま、じっとしていました。クロがくるりとふりかえって、ぼくにききます。
「どうした?」
ぼくはじめんをみながら、ちいさく口をあけました。
「――ぼくは、かえりたい」
ぼくはまた口をとじました。クロはなにもいいません。レモンの目でぼくをみています。そとはまだあかるいから、くらいところよりレモンはほそながいです。
そのうち、クロがぼくのところにとことこあるいてきました。いっしょにかえってくれるんだ。ぼくはそうおもいました。だからクロをだきあげようと、てをのばしました。
ぼくのてを、クロがひっかきました。
ぼくはびっくりして、てをひっこめました。さんぼんのあかいせんがてにできていました。クロにひっかかれたのははじめてではありません。むかしのぼくはクロのことをよくしらなかったから、クロのいやがることをして、なんどもひっかかれていました。だけどさいきんはぜんぜんひっかかれていません。なにもしていないのにひっかかれたのは、はじめてです。
「お前、やっぱりバカだな」
ばか。ぼくのからだが、ずんとおもたくなりました。
「付きあってらんねえわ」
クロがぼくにおしりをむけてはしりだします。ぼくは「クロ!」と大きなこえでなまえをよびます。だけどクロはすごいはやさではしっていって、あっというまにぼくは、ひとりぼっちになってしまいました。
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