ただ主のためにこのループを捧ぐ

 夏風薫る河川敷。二人並んで腰を下ろし、突き抜けるように高い空を見上げる。そのうちぽつりぽつりと、大輝は事の顛末を語り出した。もう何度も8月13日を繰り返していること、そして今日の夜、村の小さな神社で開かれる夏祭りで加奈と結ばれればこの呪いは解けるということ。顔を見なくても分かる。こいつの目はきっとこの空のように透き通った目をしているのだろう。そう、今俺たちが居るのは最高のクライマックスを迎えるための助走区間なのだ。俺はふっと小さく笑い、心の中で彼に声をかけた……お前、ほんま、ズル過ぎやあああああああああああああ。


 いやいやいやこんなの応援するしかないやん? よくある情に篤い主人公の友達になるしかないやん? もし仮に、やっぱり加奈が好きやからって女々しく二人の邪魔しても、どうせ寝て起きればまた最初からですよね……詰んでんやないかい! ていうか昨日の俺とかどしたん? ああ、一応今日になるんか。紛らわしいから昨日という今日の俺を俺Aとしよ。大輝と加奈が結ばれた時点で今日は終わるんやから、俺が存在しているのは俺Aがなんかやらかしたからに違いない。何やった俺A。お前は不毛な争いに足を踏み入れようというのか。俺、そしてゆくゆくは俺B、俺C、俺Zに負の遺産を遺していこうというのか。


「聞いてる?」


 危ない危ない。半ばトランスしていた俺は大輝に声を掛けられはっと我に返った。聞けば今日の夜7時、ちょうど盆踊りの太鼓が鳴り始める時間に境内で思いを打ち明けるつもりらしい。俺Aと同じ過ちを繰り返さないようにしなければ。頑張れよ、と声を掛けるつもりで一呼吸すると、川面から凛とした風が流れる。……やっぱ違う、俺は大っきくかぶりを振った。


「俺も好きや。同じ時に俺も伝えたい。ええか」


 友情に偽りはいらへん。友達やったら正々堂々。そうやろ? 俺Aも俺Bも俺Zも関係ない。こいつの友達は俺やから。









 ―――「これが正解か。ほんまおもろいやつ。やから神様にも好かれたんか」


 真二の後ろ姿を見送った大輝は、ふうっと息を吐いてから優しい笑みを浮かべた。


「お幸せに」




 明くる朝、村には明日が訪れた。彼の成長を我慢強く見守った小さな劇団の努力は称賛値するものであろう。自らの役を忘れるなど、本来ならば役者失格なのだから。況やそれが主役をば。


 しかしそれも今となっては些細な事の一つに過ぎない。今はただ、漸くハッピーエンドを迎えた物語に盛大な拍手を。

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