第13話:遺物の最期

 朝日が昇り始めたころ。帰り支度を始める3人は寝床に使った部屋から船までの運搬作業から始めた。毛布や携帯型火鉢のような軽いものばかりなので、力はいらないものの階段の昇り降りが大変なことぐらいだ。腕よりも脚に負担がかかる作業だ。


 そんな中で張り切るのがミウだった。彼女は昨日の出来事があったにも関わらず積極的に働こうとする。イズルが休んでいろとお願いしても、「私がやりたい」と身体を動かし続けた。元気よく働かれてはイズルもそれ以上強くは言えない様子である。

 そんなやり取りをしり目にシズリは部屋の中を見渡して、もう運ぶことがないことを確認して、廊下に出た。そしてまだ下の階へ降りていない2人に声を掛ける。


「これで最後だよ。後はこの鞄を運ぶだけ」

「はい。分かりました」


 そう言って彼女は2つある内の1つを手に取ってすぐに降りてしまった。

 イズルは鞄を担ぎながら軽くため息をつく。心配しているというより、呆れているようにシズリは見えていた。


「昨日はあれだけ落ち込んでいたけど、今は大丈夫ってことか」

「そうだね。少なくともいつも通りに戻った気はする」

「……その笑顔から察するに、何かやったって訳だな」

「あはは。兄貴が寝ている間に、色々あったんだよ」

「色々ねえ。まあだからこそ彼女が心配ではあるが。昨日は祈ったり、泣いたり、舞ったりしていたんだからな。村まで体力が持てばいいが……」

「ん?」


 兄は続けて階段に差し掛かって段差に気を付けるよう促していたが、シズリはそれよりも気になる言葉があった。


「ねえ。兄貴」

「なんだ? 忘れものか?」

「何で、彼女が舞っていたのを知ってるの?」

「はあー? そんなこと分かってない訳ないだろうが。あれだけ2人で夢を語り合ってて起きてない方がおかしいっての」

「え、じゃあ――――」


 兄は立ち止まって、首だけ捻るとこちらに悪戯な笑みを浮かべた。その顔に書いてあるのは『面白かった』の一言だ。これは恐らく夜中にあった出来事全て知っていると視ていた。あの鼾もわざとであった、ということになる。


 こっそり自分たちを観察していた兄の狡猾さに驚かされながらも、なら何故起きなかったのだと問いかける。

 それに対して兄はさも当然とばかりに肩を竦め、そして得意げに指を立てるのであった。


「そりゃあ、お前の方がミウさんの事よく分かってるようだからな。上手いことやってくれると考えていただけだ」

「だ、だからって寝たふりまでして何がしたいの……」

「お前の邪魔をする訳にもいかないからな。それに、兄としてはこれからの2人の関係を気にしてやる必要がある」

「何でだよ。もう会えるかどうかわからないのに」

「どうだろうな。少なくとも、俺はこのまま両手を振っておさらば展開になるとは思ってないぞ」

「え?」


 イズルは意味深な言葉だけ吐いて、具体的な内容については触れない。

 理由としては、階段から上って来たミウがいたからである。どうやら2人の到着が遅いことを気にして様子を見に来たのだろう。


 彼女を見て、イズルが何もないことを告げるとそのまま下へ降りて船へ向かう。

 今後のことを話しながら階段を降り、部屋までたどり着いた彼らはバケツリレーの要領で手早く荷物の積み込みを終わらせる。

 太陽の温もりを肌で感じるようになってきた頃、全ての準備が完了する。

 このまま乗船かと思いきや、何かが転がる音を聞いた3人は部屋の入口の方へ見やる。


「ディーパ? どうしてここに」


 ディーパは何も答えない。ただ駆動音と耳障りな音が大きくなり、緑色の点が一瞬消えたかと思うと、再びそれが現れ、台詞を繰り返しだした。


「救助ヲ、オ願イシマス。救助ヲ、オ願イシマス」

「おいおい、いきなりどうした?」

「救助ヲ、オ願イシマス。救助ヲ、オ願イシマス」


 ディーパは何も答えない。ただ有無を言わせない何かを、皆が感じ取った。


「救助とおっしゃいますが、何をすればいいのでしょうか?」

「……」

「今度はだんまりか。何だか急に扱いづらくなったな」

「救助というからには、何かやってほしいということだろうけど」

「親子の遺骨を運んで欲しいのではないでしょうか」

「俺たちはな。別にほったらかそうと思っている訳じゃないんだ」


 確かに彼らの遺骨はあのままにしてある。何の準備も用意もしていない3人に出来たことは、昨日行った葬魂の儀。それも簡略式であった。

 そのためにもリディアに着いてから事情を説明し、改めてここで骸を回収して天事をすべきだと3人は考えていた。

 そう説明をしていても、ディーパは黙っているか救助してほしいとお願いするだけだ。

 あれだけ饒舌に語っていた遺物が今は壊れたように繰り返すしか出来なくなっている。


「本当にどうしたんだ? 今までならもっと喋って来ただろ」

「……ジジ」


 また緑色の点が消えてしまう。そして少し間を開けて点いた。

 その一連の流れを見て、シズリは何が起きているのか、少しだけ理解出来た気がした。


「おいディーパよ――――」

「兄貴、こいつの言う通りにしようよ」

「シズ、だがやれることなんて」

「それが、いまディーパがやってほしいことなんだと思う。それに……」

「それに?」


 シズリはディーパに近づいて、滑らかな頭部に触れる。


「きっとちゃんと助かってる姿を、こいつは見たいんだと思う」

「……」

「本当に。渡り屋を初めてからというもの、計画通りなんてならないものだね」

「主にお前のせいでな。で、今度はどんな言い訳を考えたんだ?」

「こいつから必死さを感じ取っただけだよ。長年待ち続けたからこそ、安心したいんだなって」

「……ついに物にまで愛着を覚えるようになりやがった」

「分かんない。でも、こいつがそれを望んでるみたいだからさ」

「救助ヲ……オ願イシマス………救助……」


 今度は発言さえも怪しくなっていた。雑音が常に入るようになり、聞こえづらくもなっている。まるで死に際に伝えようとする遺言のような想いを3人は感じ取っていた。


 イズルが溜息をつきながら、あの親子がいる部屋を仰いで髪の毛を掻く。

 踵を返し、船へ乗り込んだイズルは大きい声で、今後どうするかを2人に伝えた。


「やるならさっさとやったほうがいいだろ。布はどこだったか」


 そう言って遺骨を運ぶための布を用意したイズルは再び部屋に戻って、もう一度あの親子がいる部屋へ戻ろうと入口まで足を運ぶ。

 そのあとを付いていこうとする2人にイズルは手で制す。


 「すぐに戻るから」と伝えて、2人はついてくるなと遠回しに伝えていた。その間の視線はミウへ向けられている。シズリもそれとなく理由を知る。


「じゃあお願いしようかな」

「ま、全員で行く内容ではないからな」

「それでは、お願いします」


 イズルは親指を立ててすぐに出て行った。数分もしない間に戻ってくるだろう。

 2人は振り返ってディーパの元へ戻ろうとする、その時だった。


「警告、バッテリー残量ナシ。ショユウシャハジュウデンヲ行ッテクダサイ。ショユウシャハジュウデンヲ行ッテクダサイ」


 ディーパが騒ぎ出した。今までと同じ、いやそれ以上に騒ぎ立てる。

 そしてこちらへ向いて、何度も何度もぶつかってきた。


「お前、やっぱり……」

「オ願イシマス………救助……キュウ……オ願イ……ス……」


 ディーパの緑色の点の消滅時間が増えていく。そして徐々に言葉も散り散りに、小さくなっていく。動きもぎこちなくなっているように2人からは見えた。

 それでもディーパは同じ言葉を繰り返す。それを成し遂げようと、見届けようと動き続けていた。


「壊れてしまうのかも」

「え?」

「こいつはずっと、寝ていることで保ってきたんだろう。でも、もう限界が来た。だからこうして伝え続けようとしてるんだよ」

「そんな……」

「むしろ、今までよく持っていたぐらいだ。きっとこいつは俺たちに伝えたくて、ここまでやってくれたんだよ」

「……」


 孤独になりながらも、役目を果たそうとずっと待ち続けたディーパに彼女はどこか他人事に思えなかった。それは以前の自分と同じ、舞姫として役割を全うしようと躍起になっていた自分と重なる部分があると感じたからである。

 違うのは、ディーパは必死に生きようとして役目を全うしていることだけだ。自分に与えられたことを、ずっと変えずに果たそうとしていたことだ。

 だからこそ、彼女はかなえてあげたいと強く願う。

 ミウは歩み寄り、そのままディーパを抱いた。その眼に涙を溜め、親子のために尽くそうとするディーパに囁いた。


「あなたは、今もあの言葉を……約束を守り続けていたのですね。長い間眠り続けて、誰かを見つけるために、ずっと」

「……ネガイ…………」

「あなたが残してくれた彼らの想いはしっかり聞きました。ちゃんと、伝えて見せます」

「それに、ディーパから頂いた情報はしっかりと次に繋げるさ。渡り屋としてね」

「……」


 その時部屋の扉が大きく開かれる。


「おい! 何かあったのか!?」


 イズルだ。その手には大きく膨らんだ布がある。それが2つ用意されていた。

 どうやらちゃんと持ってきてくれたようだ。

 シズリとミウは急いでディーパの身体を動かして、その姿を見せる。


「…………ブツッ」


 何かを伝える前に、何かが切れたような音が鳴る。

 2人は回り込んでディーパの前に立って、そして理解した。

 もうそれは、遺物となってしまったことに。

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