第14話:自分の選択

 リディアの天事である葬魂の儀にシズリとイズルも立ち会うこととなった。

 まずは葬魂の儀のための演舞が夕刻に執り行われ、そして続いて水葬の儀が行われる。

 演舞ではミウが舞姫用の正装を着て、心を込めて舞うこととなった。

 2度目のことではあっても、彼女は涙を流していた。最初に舞っていたものと違い、若干固い演舞を披露する。


 きっと大切な天事だと思って舞っているのだろう。それでも、時折見せる軽快な舞や大きな動きに彼女らしさが加えられているような気がした。

 そして親子の水葬の儀はディーパも一緒に沈められることとなった。両手で抱えられる木箱を用意して、そこに遺骨、重石を入れた状態で海へ沈める。その担当は舞姫であるミウが執り行い、他の者は黙祷で祈りを捧げることとなった。

 但しディーパを沈める際は彼女1人では重すぎるために、シズリとイズルも協力した。


 その大きな体躯を3人で抱えながら、倒すようにして木箱と同じ場所となるように海へと沈める。


「向こうで、みんなが会えると良いですね」


 ザバンと大きな音を立てて沈む姿を見ながら、彼女はそう呟いていた。

 シズリはただ黙って、その手に握る缶詰を同じように海の中へ投げ入れた。結局開けることが出来なかったそれは、ゆっくりと沈んでいく。


 あの子たちなら、きっと開けることが出来るだろう。彼はそう信じていた。

 そして彼女たちの天事が終わった後、シズリとイズルは部屋で待機するように言われていた。そしてミウだけが長であるリーハの招集を受ける。


 こうして今に至る。久しぶりに家の中という心休まる状況下であるにも関わらず、2人の胸中は穏やかではなかった。特にシズリはミウのことを気にしているようで、入口の前に立って、顔は彼女の家の方角へと向けられていた。


「そこで立っていられると、隙間風が入り込んできて寒いんだが?」

「あ、ごめん。兄貴」

「まあそんな心配するな。もし本当に俺たちを罰するつもりなら、リディアに着いた時点で何かあったはずだからな」

「それってつまり、ダイクさんが説得をしてくれたってこと?」

「さあな。それは俺にも分からないが」


 シズリ達が来たときにリディアの人たちが見せた反応は驚きと喜びであった。ある者はミウに抱擁をして、ある物はシズリ達と握手を交わす。

 そこに後ろめたさや遠慮がないことから、イズルはそう判断していた。


 そして彼らが変わるきっかけは、間違いなく自分たちにある。弟が異を唱えずに彼らの掟を受け入れていればまた変わった結末となっていたかもしれない。いやそもそも、この近くで遺構を探し始めてから、ここにやってきたからこうなったともいえる。

 数奇な運命とはよく言うものだと感慨にふけ、イズルは弟に渡り屋として初めての航海はどうだったかを尋ねていた。


「色々ありすぎて、もう次から何が起きても驚かなくなりそう」

「でも楽しそうに見えるぞ」

「初めての旅でここまでの出来事だよ。喜ばない方がおかしいよ」

「お前はそうだったな。まあこっちはおかげで気苦労が絶えなかったぜ」

「良かったでしょ?」

「ただ計画を立てていただけの頃に比べればな。まあ飽きはしなかった」


 遺構の発見に、海上集落の発見、そして舞との出会いに遺物の発見や過去の真実。

 少し前は自分たちが地図を広げてどこを目指すかを語り合っていたことに比べれば、過密すぎる内容だ。本来であれば1つ歳を重ねても出来るか分からない。


 そう考えれば、渡り屋として喜ばない方がおかしい。そうイズルは納得し、同時に弟の渡り屋としての適性を微笑ましく思っていた。


「そうだ。お前に返すものがあったな」


 イズルはパチンと指を鳴らしながらコートからある物を取り出して、弟にも見えるようにそれを広げて見せた。天壇で起きていたごたごたで渡しそびれたそれは、ずっとポケットの中に入れていたためか、少しだけ温かかった。


 「その首飾り……!」とシズリは目を丸くする。勿論その反応を兄は予想しているし、これが自分たちが見つけていた遺物であることや、今は誰のものになっているかも理解していた。

 そしてだからこそ、彼はシズリへその首飾りを手渡したのであった。

 受け取ったシズリの方はどう答えればいいのか、考えあぐねているようで、何度か月型の青い石と兄の顔を交互に見つめていたのだった。


「どうした? 鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」

「いいの? てっきり怒るかと思ってたよ」

「自覚はあったんだな。だがまあ、怒る気も失せたと言うか……。それに、もう彼女にとって大切な物らしいしな。今さら奪い返すなんて悪役の真似が出来るか」

「じゃあ直接ミウに渡せばそれでいいんじゃないの?」

「それでもいいが。渡すのはお前に任せた方がいいと思ってな」

「え、どうして?」


 だがイズルは自らの頭を指し、口角を上げるだけで何も答えなかった。


「たまには、自分で考えろってこと?」

「兄貴に頼ってばっかりじゃ、一人前にはなれないだろ」

「頼ってばっかりじゃ……ないと思いたい」

「そうむくれるなって。お前ならその時が来たら渡せると思ってるだけだ」

「別にすぐ渡せるでしょ。それにすぐ渡さないと、もう次の日の出には会えないだろうし」

「そうか。まあお前がそう思うならそうすればいい」

「何かおかしなこと言った?」

「いいや。何もおかしなことは言ってないぞ」


 嘘だ。直感的にシズリはそう思っていた。

 イズルの愉快な表情から察しようとしていたシズリに「凄く楽しそうですね」と声が誰かが掛けられる。入口に立つ少女は2人が気づいたことが分かると、迷いなく2人の近くまで駆け寄ってきた。


「ミウ。もうリーハさんとの話し合いは終わったの?」

「はい、特に何もありませんでした。私やお二方のことも、皆が許してくれたそうです」


 2人が質問するよりも先に、ミウは結果を伝えてくれた。


「それは良かったです。リーハさんの寛大な判断に感謝するばかりですね」

「だね。お固いお婆ちゃんかと思ってたけど、案外話せばわかるんだね」

「それで、あの……」


 彼女はそう切り出して後ろを振り返り、何かを確かめていた。しかしシズリからは彼女の身体が邪魔で何があるか見えない。入口に何かあるとしかわからなかった。

 シズリは身体を傾け、そしてようやくその姿に眉を潜めたのであった。


「リーハさん……?」

「夜分遅くに申し訳ありません。シズリ殿とイズル殿」

「気になさらないでください。しかし、呼んでくださればこちらから赴いたのですが」

「久しぶりにミウと2人で散歩したかったのですよ」


 リーハさんは杖を置いて、座る。それを見たミウも合わせるように座った。

 その凛とした振る舞いに、イズル達は何をしたいか悟る。そしてくつろいでいた体勢から居住まいを正して、彼女たちとしっかりと向き合うことにした。

 まずはリーハが軽く咳払いをした後に、深く頭を下げてきた。


「まずは謝罪を。お2方には大変迷惑を掛けました。リディアを代表して陳謝と深い感謝を言わせていただきます」

「いえ、私たちは何も。それよりも、そちらは大丈夫でしたか? かなり荒れた天候でしたので、心配していました」

「長きに渡って暮らしていた場所です。天候の変化による対応は慣れたもの。多少動揺があったことは事実ですが、大きな被害もなく済ませることが出来ました」

「それは何よりです。……さて、そうなるとこの後に続く話は何でしょうか」

「この後?」

「他にも何かあると思いましたが。そのためにミウさんもいるものだと」


 何故かミウの顔に緊張の色が走る。落ち着きがなくもじもじとさせている彼女は今までと違い、何からしくない様子と言えた。

 一方のリーハは分かっていたかと平静を装いつつ、イズルの方へ頷いてみせる。


「どうやら、イズル殿には分かっているようですね。では単刀直入に言わせていただきましょう」


 リーハはミウを一瞥した後、再びイズルの瞳をしっかりと見つめた。


「ミウを、あなた方の元へ預けることは可能でしょうか」

「え?」

「……それはまた、いきなりですね」


 そう口にしてはいるが、イズルの表情は非常に穏やかなものであった。

 リーハはシズリ、イズル2人の眼を交互に見ながら、話を続ける。


「これからイズル殿たちは色んな場所を訪れ、世界の過去を学びにいくのだとミウから聞きました」

「そうですね。予定ではそのつもりです」

「その渡航に我が娘を同行させたいのです」


 シズリにとって嬉しい願いであった。思わず前かがみで聞き出そうとする弟をイズルは見ずに手で制して止めたのだった。

 驚くシズリを無視して、兄の眼は真っ直ぐミウへと向けられていた。


「……兄貴?」

「結論から言えば、同行させることは可能です。彼女は弟よりも働き者で頼りになりますから」

「あれ? 何でいきなり貶されたんだろう?」

「ですが1つ確認しなければならない」

「……何でしょう?」

「それは、ミウさんの意志ということでいいのですか?」

「は、はい! 私はまだ多くのことを知る必要が――――」

「あんなことがあったのに、ですよ?」


 3人の頭の中で浮かび上がる情景。それは親子の骸やディーパの最期、そして過去の惨状を映した内容であった。決して遠足のような楽しい内容ではなかったのだ。それはこれからも続くであろう。


 イズルは彼女の今までを知っている。耐え切れずに恐れ、悲しみ、迷う彼女を見てきた。だからこそ、そこに立ち向かおうとする彼女の意志を問う必要がある。

 一時の感情では途中で挫折する。それはリディアにとっても、イズル達にとっても悲しい結末である。イズルはそのために彼女の眼を見ていた。


「ミウさんはここで暮らすことも出来ます。それは今までと同じ、いやそれ以上に幸せな暮らしがあるはずです。それをいま捨てようと、あなたは言っています」

「……」

「再度聞きます。それでも貴方は同行したいと、言えますか」


 リーハもシズリも何も手助けはしない。いや、するべきではなかった。それでは彼女の言葉を聞き出せはしないのだから。

 数秒の間、彼女は静かになる。目を閉じ、自分の中で自問自答を繰り返し、自らの深層に語り掛ける。間違えてはいけないからこそ、しっかりと考えた。


 暫く待ってから彼女は目を開ける。そこにあったのは優し気ないつもの彼女に加え、どこか気高く意志の固い、立派な姫としての輝きがあった。


「私もある者に聞いたことがあります。あれだけの悲しく凄惨な出来事があって、何故探し続けようとするのか。どうして怖がらずに、そこまで情を寄せることが出来るのか」

「ミウ。それって……」

「彼は迷わずこう言いました。自分は怖いのではなく、辛いから。だから、この沈みゆく世界で見つけ出したいんだって」


 ミウは胸に手を当て、そしてキュッと拳を固める。


「私は彼の言葉と、そしてあの親子とディーパを通じて分かることが出来ました。悲しく凄惨な出来事だけではなく、そこには沢山の想いや願いがあることに」

「……」

「だから一緒に探したいのです。そして、出来る限り多くの人たちにそんな大切な想いを届けていきたい」


 それが、私の目指したい舞姫だから。最後にそう付け加えて彼女の意志表明は終わる。

 今までを知り、そして学んだからこそ、自分に出来る精いっぱいを貫き通したい。


 イズルの眼には過去の弟を思い出す。そう、渡り屋を目指すと自分が口にし、そして付いていきたいと懇願したあの時の彼をだ。

 これ以上聞くだけ無駄なのは彼にはもう分かっていた。だからこそ、イズルはいまシズリと共にいる。

 潮風が暖簾を揺らし、火鉢は次の薪が必要だとパチリと音を立てる中、イズルは大きく息を吸い込み、微笑を加えながら結果を伝えた。


「暫くの間だけ人件費を払えないと思いますので、それだけは我慢してくださいね」

「じゃあ、兄貴!」

「リディアの大切な舞姫を暫くの間お預かりします、リーハさん」

「こちらこそ、ミウのこれからのためによろしくお願いします」


 リーハはこの時、ミウの姿に亡き娘の姿を重ねていた。そして懐かしさと、少しばかりの寂しさから視界が緩んでしまう。

 これからも大切な孫を見守ってあげてくれ、私に出来ることはもうないと、彼女はこれからも傍に居られるだろう娘にそう願っていた。

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