第5話 救う。少女を、この世界を

アリスを、すべての想区を。

レイナを連れて再びアリスの想区へとやってきたエクスたちは、

ノーネームの力を借りてアリスの元へとたどり着いていた。

「……何をしに来たの?」

「……君を救いに来たよ、アリス」

チェシャ猫は静かに、そして確かに強くそう言った。

カオステラーによって混沌と化したアリス。

以前のようなアリスの姿はそこにはなく、ただ破壊衝動に駆られるのみの

存在へとなってしまっていた。

「そう、それは無理な相談ね……。

あなたたちはここで私に消されるんだから」

そういってカオス・アリスは手に持つ魔導書からあり得ないほどの衝撃波を

作りだした。

「うわぁぁぁ!!

くっ……コネクト、ジャック!!」

エクスはその衝撃波に圧倒されるものの、すぐに意識を切り替え、コネクトを開始した。

「行っけえぇ!!」

ジャックの剣からはなられるその衝撃波はカオス・アリスが放っていた衝撃波を切り裂く

ほどの勢いだった。

二つの衝撃波がぶつかり合い、周囲に静けさが戻ると、以前よりもさらにアリスの想区の姿は

荒れ果ててしまっていた。

「……こんな。不思議の国がこんなことになってるなんて……」

説明で聞かされた以上の荒れ果てた光景にレイナは思わず言葉を失ってしまう。

無理もない。以前から大好きであったお伽噺の世界がこんなにも見るも無残な景色へと

変わり果ててしまっているのだから。

その隣で声をかけたのはノーネームだった。

「レイナさん、あなたの調律がこの想区を救う唯一の手段です。

この想区を必ず救ってあげましょう」

「……そう、そうね。まずはアリスを少しでも何とかしないと調律しても意味がないわ。

一体どうすれば……」

レイナはアリスの心を少しでも揺さぶる方法を考えていた。

このままでは、調律をしても何も変わらない。

「早く消えて」

カオス・アリスと化してしまったアリスは無数の魔術球をジャックに向かって放ち続けている。

チェシャ猫は変わり果てたアリスの姿をじっと見つめていた。

しばらくその様子を眺めているとチェシャ猫はあることに勘付き始めた。

攻防を繰り返す二人の戦いだが、アリスはある方向へと向くと防戦に徹するように見えた。

もはや荒れ果てた土地となっていたこの想区だが、土地勘のあるチェシャ猫は

アリスが防御に専念する方向に何があるのかを理解していた。

「……アリス。君はもしかして……?」

そして彼女は一つの仮説にたどり着いた。

「……レイナ」

「チェシャ猫?」

「確証はない、けど。

……ボクが何とかしてみる」

チェシャ猫には何か考えがあるような顔をしていた。

しかしそこに自信というものはあまり感じ取れないようにも見えた。

つまりは彼女の考えは彼女自身も賭けでしかないと考えているのだろう。

仮に失敗すれば彼女自身無事でいられる保証はない、と。

「チェシャ猫……」

「……いいわ。貴女がそこまで言うんだもの。

この中でアリスと一番身近にいた貴女が

そこまで言うんだからきっとそれが最善手だと信じるわ」

「ありがとう、レイナ。

……それじゃ始めようか」



「作戦会議はおしまい?何をしても結局は無駄なあがきにしかならないと思うけど」

カオス・アリスは呆れたような、嘲るような表情で呟いた。

「……無駄な足掻きかどうかはまだわからないよ!」

ジャックにコネクトしたエクスはアリスのほうへと駆け出した。

アリスはそのまま一切表情を変えずに、魔導書から魔導を発動した。

「……!」

……数が多い、闇で構成された球状の魔術が押し寄せてくる。

その刹那、急激に魔術球の速度が著しく落ちたように見え始めた。

これが、ヒーローの、コネクトの力……!

「……はぁぁぁ!!」

一つ、また一つと次々に魔術球を切り落としていく。

真っ二つになったそれは形を保てず、やがて消滅する。

「思ったよりやるのね。

なら、これはどう……?」

さらに大きな魔術球を作り出し、それを投げつけようとする。

「くっ!」

これは避けられない、そう思った。

そもそもこれだけの質量の魔術球をこの想区にはなったら、それこそ

この想区が崩壊してしまうかもしれない。

「それはさせないよ、アリス!

せーのっ!」

後方からの弓による連続射撃の後方支援、チェシャ猫だ。

「……ありがとう!」

「どういたしまして。

……アリス。こっちだよ!」

チェシャ猫はアリスを傷つけないように、かつ挑発とも呼べるような絶妙な

位置で射撃を繰り返していた。

それは自らの弓に自信がなければできない行為。

彼女もまたヒーローやヒロインと同等な存在なのだ。

「……誘導してる?」

そんなカオス・アリスとチェシャ猫の攻防を見ているうちに、

チェシャ猫の考えが少し理解できたような気がした。



「アリス……。

お願い、ボクの考えが正しければ……!」

チェシャ猫はわずかな願いを込めて一心にアリスを誘導する。

「わざと外してる……?

余裕のつもり?」

わざと外して射撃を繰り返しているチェシャ猫の攻撃に少々苛立ちを感じたのか、

カオス・アリスはチェシャ猫を執拗に狙い始めた。

無数の球体をいともたやすく打ち抜き、さらには反撃まで繰り出すチェシャ猫。

彼女は速射性や正確性には自信があった。

たとえば姿を隠して敵を撹乱させ、後手に回ったところでの連続打ちや、

離れた位置から的確に相手の頭上に矢を落とすこともできる。

そんな技術を持ってるからこそ、できる芸当だ。

「いい加減……!」

カオス・アリスは攻撃が当たらないことや、あえて外した射撃に

さらに苛立ちを覚えていた。

先ほどまでかばうように防戦に徹していた方向へと誘導されていることに

気付かないほどまでに。

「あの時、キミはこの先にある花畑を大切したいって言ってた。

もし、キミが混沌に抗っているというのなら……」

キミをそこから救いだせるかもしれない。

「……そろそろだねっ」

「っ!嵌められた!?」

抜け出した先、チェシャ猫はアリスの誘導に成功したのだ。

もしもアリスが感情的にならず、冷静に戦闘に徹していたとしたら、

誘導は不可能だっただろう。

「あ……」

チェシャ猫は誘導したその先に広がる景色を見て、表情を変えた。

もうどうしようもない絶望からの表情ではなく、

必ずアリスを救う、救えるという強さに満ちた表情だった。



「今回はチェシャ猫に任せるのが一番よさそうね」

一方その頃、レイナ達はあふれ出てくるヴィランたちを蹴散らしながら

アリスとチェシャ猫を追っていた。

「うん。アリスが一瞬でも混沌に打ち勝った時、その時を見計らうんだね?」

「ええ。混沌に負けない力を持っていればまたカオス化……なんてことには

ならないはずよ」

二人のあとをついていくノーネームはこんな状況になっても

戦うことをやめず、諦めない二人をじっと眺めていた。

「二人とも強いですね……」

「ノーネーム?」

その声に気付いたのか、エクスはふとノーネームのほうを振りかえる。

「いえ、二人とも本当にお強いなと思って」

「……強くなんてないわ。でも諦めたら誰がこの想区を救うの?

……よく、想区をあるべき姿に戻すことだけが救いになるのかと

言われることがあるわ。

でもこんな状況で、そのまま想区が崩壊してしまったら

それこそ救いようもないでしょ?

今は救いだとかなんだとかよりもこの事態を何とかしないといけないわ。

じゃないと私は……」

「レイナさん……?」

暗い影に表情を落としたレイナの顔は

絶望にも、憎しみにも、悲しみにも、怒りにも見えた。

あくまで彼女たちの旅のことについてしか知らないノーネームは

これ以上踏み込んでいい事情じゃないということを察し、

言葉を飲み込んだ。



「アリス。ここはちゃんと残しておいたんだね」

チェシャ猫はやさしい表情で、優しい声でアリスに語りかける。

「何のこと?」

「無意識なのかな……。

でも、君は戦ってる。今も心の中で混沌に負けずと頑張ってる」

カオス・アリスは少し表情が変わったのか、少し俯いた。

「でも、破壊するしかないの」

「アリス……」

「この衝動が止まらない。破壊したいっていうこの激情が……!」

そう言って再び魔術球をチェシャ猫にめがけて放った。

チェシャ猫はその攻撃をよけることなく受け止めた。

「……これが君の痛み。

キミが望んではいないこと」

「どうして、さっきみたいによけなかったの?

貴女なら……」

チェシャ猫は一歩ずつアリスの元へとその脚を進めた。

「キミの痛みも知らないまま、説得なんてできっこないから。

でも今ので気づいたよ。

キミはこんなことを望んではいないってね」

「勝手なこと言わないでっ!」

アリスの攻撃に微動だにもせず歩みを止める様子のないチェシャ猫。

本当は立っているのも奇跡なほどだった。

それでも、彼女は歩き続けた。

「どう、して……?」

「キミが望んでないのに、こんなことを繰り返さないといけないなんて

辛いだけだよ。友達が悲しんでるのに手を差し伸ばさない、なんて

できっこないよ」

アリスは心に変化を感じていた。

破壊衝動を、抑え込もうとしている。

混沌に飲まれて、どこまでも破壊し尽くしたいというこの衝動を。

「頑張ってアリス。キミが泣きたいなら泣いてもいいから。

キミが崩れそうになってもボクが支える。

……だから、ボクの大好きなアリスに戻って……!!」

チェシャ猫は、優しくも強くアリスを抱きしめた。

それは、心からの本心だった。

「……ふふっ、チェシャ猫からそんな言葉が聞けるなんてね」

その言葉は、アリスの心にも、届いていた。

姿こそカオスのままだが、その喋り方や仕草はチェシャ猫のよく知る

アリスのものだった。

「……アリス!」



「まさか、心を揺さぶるばかりか救っちゃうなんて、驚いたわ。

それにその怪我。アリスが大切なのもわかるけど女の子なんだからもう少し

気をつけなさいよね」

「ごめん、心配掛けさせちゃったね。

でも、これで大丈夫。

さぁレイナ、調律を」

「ええ。

『混沌の渦に飲まれし語り部よ。我の言の葉によりて、ここに調律を開始せし!』」

レイナが調律を開始すると同時に、ノーネームは心の準備を済ませていた。

自分の考えが正しければ、あの現象は調律の際にあらわれるものだからと

考えていたからだ。

「……!」

その考えは的中した。

ノーネームの持っていた運命の書は再び光りだした。

「今度は一体何が……」

戸惑いながらも彼女は頁をめくった。

そこに書かれていた内容に彼女は……。


続く



後書き


どうも、お久しぶりです。

黒空-kurosora-と申します。

本作、絆の想区ですが累計PV200を突破しました。

更新速度遅いのに読んでくださってありがたいです。

さて、前回も言っているように、今回でアリス編は終わる予定だったのですが、

ボリュームが予想以上に増えたため調律が終了し、そのあとの展開については

次回に回ることになりました。

戦闘描写や心理描写を描くことなどいまだに未熟な点が多いですが、

少しでも面白くできるように精一杯頑張りたいと思いますので、

今後ともよろしくお願いします。

それではまた次回。

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絆の想区-グリムノーツ- 黒空-kurosora- @kurosora

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